海文

拓海広志「『タガロア再発見』を読む」

インドネシアのマナドに住む在野の研究者ジョン・ラハシアさんが1970年に発表した論稿『Penemuan Kembali Tagaroa(タガロア再発見)』を、僕は今から十数年前に邦訳したことがあります。太平洋の島々をめぐる人類学や考古学上の数々の研究成果は、その時点…

拓海広志「『フィリピンベッドタイムストーリーズ』を観る」

今から10年程前に、クロンチョンで知られるジャカルタ・チリンチン地区のトゥグ村で坂手洋二さんにお会いして以来、劇団・燐光群の芝居は機会がある度に観てきました。骨太で直截な社会批判、権力批判と個々の生活者への優しい眼差しが同居する坂手さんの作…

拓海広志「『星の航海術をもとめて』を読む」

航海術の基本は、「船の位置を求めること」と「船の向かう進路を求めること」という、空間認知にあります。まだ海図や航海計器のなかった時代の航海者たちの心には何らかのイメージマップがあり、彼らは天体、風、風浪とうねり、潮海流、海水の色、鳥や魚、…

拓海広志『イルカ☆Missing Link』

床屋の親父の話は、夏の休みが終わってから忙しい日々の中でイルカのことを忘れかけていた僕にとって、少々身につまされるものだった。 それで彼の助言に従って高架下商店街の骨董品店を訪ねた僕だったが、教えられた場所には薄汚いポルノショップが一軒ある…

拓海広志『イルカ☆Lost World』

「なるほど。『失われたイルカを求めて』ってわけだ」と、床屋の親父は僕の髪を梳きながら言った。若い頃はフランス文学にかなり傾倒していたというが、今でも言葉の端々にディレッタントなところが顔を出す。 「俺がまだ若い頃、こんなことがあったよ」と、…

拓海広志『イルカ☆Her Mother』

イルカの母親だと名乗る女性が訪ねて来たとき、僕はもうナイト・キャップのスコッチを飲み始めていた。秋も終りに近づいた、ある金曜の夜の話だ。死にそびれた庭の虫たちのかすれ声が聞こえる中、僕たちはリビングのソファーに腰を下ろして対峙した。 「娘が…

拓海広志『イルカ☆My Love』

梅雨明けを聞いて間もない七月はじめの朝。僕はいつものように家から浜までの間に横たわる丘陵地帯を走り抜ける。丘の上からは狭い海峡が見下ろせ、その向こう側には大声で叫べば届きそうなほどのところに島が一つ浮かぶ。海峡を抜ける潮は早く、まるで川の…

拓海広志『悲しき熱帯』

「駄目、ただ抱かれていたいの・・・」 首筋から胸元にかけて軽い愛撫をはじめた僕に対し、彼女は身を固くしてそう言った。 ほんの二時間ほど前には僕らはチャイナタウンの大きなレストランにいた。明後日にはもうこの街、この国とはお別れだ。 半年前、無一…

拓海広志『神戸酔眼』

昼過ぎから降り始めた小雨は、夕方になってもまだやみそうになかった。僕は読みかけのヘンリー・ミラーを閉じて店を出た。 「昼間から喫茶店の隅で読む本じゃないよな」 そうは呟いてみたものの、そいつは僕を少しばかり退廃的な気分にさせていた。 競い合う…

拓海広志『海峡物語−N君のこと』

N君が転校生として舞子の丘の上にある僕らの小学校にやってきたのは、教室の窓からいつも眺めていた明石の海の蒼や淡路の山の緑が鮮やかに映えるようになる5月の初めのことだった。 神戸という土地柄のせいもあって、僕らには外国人の友達も何人かいたし、…

拓海広志「『環境戦略のすすめ』を読む」

環境問題は今日様々な場面で取り上げられますが、それを論ずる人の立場や考え方も多種多様で、正に百家争鳴状態だといえます。 人が環境を論ずるときに拠り所となる環境思想は古代から存在しました。しかし、「自然を克服すること」を是とする西欧的な近代思…

拓海広志「『星の航海師』を読む」

来年はハワイのカヌー「ホクレア」が日本にやって来ます。そこで今回は10年ほど前に書いた文章を再掲させていただきます。 * * * * * 星川淳さんの新著『星の航海師』が出版されました。映画『ガイア3』によって日本でも有名になったナイノア・トン…

拓海広志「『パイレーツ・オブ・カリビアン』を観る」

今夏は『パイレーツ・オブ・カリビアン』の第2作「デッドマンズ・チェスト」がロードショーとなりましたが、僕としては第1作の「呪われた海賊たち」の方が作品としてまとまっていて面白いと感じました。このシリーズは第3作もあるそうなので、次に期待し…

拓海広志「『行とは何か』を読む」

今から10年ほど前のことになりますが、ある修験者の方が熊野山中で60日間の断食行に挑み、満願成就の直前で死を迎えたという話を聞き、僕は強いショックを受けました。行者の難行苦行が人々を救うという考え方は、現代社会においては容認しにくいもので…

拓海広志「『エンデの遺言』を読む」

この本の内容に基づく番組がNHKで放映されたことや、それがちょうど地域通貨ブームと重なっていたことから、この本は大変有名になり、日本の地域通貨ムーブメントに対してポジティブな影響を与えました。ここでは本書についてのレビューと言うよりも、本書を…

拓海広志「『どっちがどっち』を観る」

『どっちがどっち』は山中恒さんの名作『おれがあいつであいつがおれで』をNHKがドラマ化したもので、ある日突然小学校6年生の男の子と女の子が入れ替わってしまうという話なのですが、なかなかコミカルな仕立てになっていて、かなり笑えます。同時にキュン…

拓海広志「『こころの湯』を観る」

北京の下町胡同で銭湯を営む父。父を助けて働く知的障害者の次男。深圳でビジネスに成功しながらも、家族との距離が遠くなってしまった長男。 亡くなった母の出身地は水を得ることが困難な西域であり、彼女が抱いていた沐浴への憧憬が彼らの銭湯への思いに微…

拓海広志「『カルトか宗教か』を読む」

以前から僕が気になっていたことの中に、「癒し」や「健康」、「自己発見」や「自己開発」といった一見穏やかで素晴らしいことを声高にアピールする社会的風潮があります。勿論、これらは僕たちが普通に人生を歩んでいく上で必要なものばかりですし、それ自…