拓海広志「『新訂ビジュアルでわかる船と海運のはなし』のご紹介」

 拙著『ビジュアルでわかる船と海運のはなし』の新訂版が、2017年3月18日に発行されることとなりました。出版元である成山堂書店のサイトを下記しますので、よろしければご覧ください。


※拓海広志『新訂ビジュアルでわかる船と海運のはなし』(成山堂書店)


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【著者メッセージ】
 海という大自然に挑戦してその力を利用しようとするしたたかな意志と、海の懐に抱かれてそれと調和しようとする謙虚さのバランス。それは時代と場所を超えて、海で生きる海人たちに共通するもののように思います。本書は商船と海運についての概説書ですが、船と海に関わってきた人々のありようや、人と海の関係性についても思いを巡らせていただけると幸いです。


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【新訂版発行にあたって】
 平成18年5月に本書を世に送り出してから10年半の歳月が過ぎました。その間に2度にわたって部分的な改訂を行いましたが、今回は従来よりも多くの箇所を改訂することにしました。この10年半の間に海運と物流、貿易SCM(Supply chain management:供給連鎖管理)とロジスティクスの世界は大きく変化していますので、それらを本書にも反映させています。
 ところで、昨今日本の大学や企業で「グローバル人材(人財)」育成の必要性がよく唱えられており、私もその要件について考えることがあります。グローバルな仕事を通して他者と社会に価値を提供するためには、多様な人と社会への対応能力、特に言語・宗教・文化的な差異をマネジメントする能力が必要で、ハイコンテクストなコミュニケーション文化に慣れ親しんできた日本人はそれを強く意識しておくべきだということがしばしば指摘されます。これはもっともなことでしょう。
 しかし、政治・経済の世界においてパクス・アメリカーナの延長だと揶揄されがちなアメリカンスタンダードのグローバリズムではなく、これからの人類が築いていく地球規模の生態系的な共同体としてグローバル社会を捉えるならば、単に文化相対主義的な観点に立って差異をマネジメントしていくだけでは不十分でしょう。さまざまな言語、宗教、文化の差異を超えた人類のコモンセンス(共通感覚)を認識することや、それを参照しながらグローバル社会の普遍的なプリンシプル(原理原則)を築いていくことが、これからの「グローバル人材(人財)」には求められるだろうと私は思います。
 私は、近代の航海術が登場する前の太平洋諸島民の伝統的な航海術、すなわち身体知を用いて星の動きや自然のメッセージを読み解くことで自分の位置と目指すべき方向を見出し、イメージの力をも用いて海を渡るという航海術に注目してきました。彼らの空間認知の知識と技術は砂漠や大草原を移動する遊牧民のそれとも通ずるものですが、これは人類のコモンセンスについて考える際のヒントともなります。また、世界のさまざまな海で生きる海人たちの多くは国や地域、人種や民族を越えた海人のプリンシプルとも言える海とのつきあい方を共有しており、私はそのことからも思索のヒントを得ています。
 海への愛、船への思い、そして海と関わる多くの人々との繋がりが私に本書を書かせたように、本書との出会いによって海と船、そして海運、物流、貿易、SCM とロジスティクスなどの仕事についての理解と愛情を深める方が一人でも増えることを願ってやみません。


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【はじめに】より
 太平洋に浮かぶ小さな島々からなる国・ミクロネシア連邦にヤップと呼ばれる島々があります。ヤップでは昔から男たちがシングル・アウトリガー・カヌーに乗って南西約500キロのところに浮かぶパラオ諸島まで渡り,そこにあるライムストーン(結晶石灰岩)を円形に切り出して持ち帰るという航海をしていました。持ち帰った石はヤップでは貨幣(石貨)として流通するのですが,石貨の価値は往復の航海の苦労や,その後のヤップでの使われ方など,島民の間で共有できる物語によって決まったといいます。
 この石貨を取りに行く航海は過去100年ほど行われていなかったのですが,私と数名の仲間がヤップの人たちと共に立ち上げたプロジェクトチームは,ヤップの森で切り倒した巨木を用い,昔ながらの方法によってカヌーを建造しました。そして,近代的な航海計器や海図のなかった時代の外洋航海術を今に伝えるヤップ離島サタワルの航海者マウ・ピアイルックを船長として招き,石貨を運ぶためにパラオとの間を往復する航海を再現したのです。このプロジェクトに参加したヤップの若者たちにとって,それは失われつつあった島のアイデンティティと石貨の物語,古来の航海術を再確認する機会になったことでしょう。
 それにしても,パラオ諸島では珍しくもない結晶石灰岩が,それを産しないヤップでは貴重な財産となることに,私は人類の交易の原点である「未知の世界への憧れ」と「モノを介しての異文化交流」を知る思いがしました。そして,石貨を運ぶことに伴う苦労の度合がその価値を決めるということに,私は古き良き時代の流通のあり方を偲びつつ,物語によって商品やサービスの付加 価値を高めるという現代のマーケティングとも通ずるものを感じていたのです。
 人類は太古より海を越えて移動し,そこで出会った異人たちとの間でさまざまな交易や交流を行ってきました。その際に船はヒトの移動やモノの運搬の道具としていつも大きな役割を果たしてきましたが,航空機が発達した現在もなお海を越えてモノを運ぶ主役は船です。しかし,現代の物流業では海上輸送と航空輸送,鉄道やトラック輸送などの適切な組み合わせによる複合一貫輸送は重要かつ日常的な仕事です。
 さまざまな輸送モードと貨物の保管,仕分けなどをうまく組み合わせることによって最適物流を組み立てることが現代の物流の仕事ですので,船と港のこと,海運のことを知らずに物流の仕事はできませんし,逆にそれだけを知っていても不十分です。今日のロジスティクス企業には輸配送と保管,荷役,包装,流通加工,情報管理といった古典的な物流の仕事だけではなく,金融や商流に関わるサービス,カスタマーサービスセンター業務,各種のテクニカルサービス,さらには荷主企業のサプライチェーン・ネットワーク及びそこでの物流と在庫を最適化し,商流の効果を高めるためのコンサルテーションやIT機能の提供といった(注2),さまざまな仕事が求められています。
 しかし,こうしたことの基本にはやはり海運があります。海運の歴史は古く,それを学ぶことによって国際関係や貿易,物流,輸出入制度などの基本を知ることができるでしょう。海と国境を越えてモノを運ぶという仕事は,自然条件による制約と輸送・荷役設備や技術上の制約,また各国・地域の法律や諸制度による制約などに縛られながらも,安全かつ確実に,最適の方法と速度で輸送を行い,その上でいかに収益を上げるかというのが基本的な課題であり,そうしたことと昔から向き合ってきたのが海運業なのです。
 また,海運を知るためには商船の構造や航海についての基礎知識も持っておく必要があります。私の恩師である科学思想史研究者の坂本賢三(故人)は「航海術は比較的早くから測定機器を使用し自己の技法を対象化し意識化してきた技術であり,かつ各時代においてその時代の最先端の知識と技術を統合してきた」と語りましたが(H.C.フライエスレーベン著『航海術の歴史』の訳者あとがき),海運を通してその時代の世界のあり方を,また航海術を通してその時代のテクノロジーをうかがうことは可能だと思います。そういう視点から航海について考えると,船や海運に関わる人以外にとっても興味が湧いてくることでしょう。
 少し前置きが長くなりましたが,本書は海運,物流,貿易,SCM(Supply chain management:供給連鎖管理)とロジスティクスなどの仕事に関心を持っている人,これからそういう仕事に携わろうとしている人,あるいはマリンレジャーとしてヨットやモーターボート,カヤックなどでの航海を楽しむ人たちに,商船と海運の概要について一通り知っていただくことを目的としています。ですから,それらについて深く知りたい人にとっては不十分なものになるだろうと思います。そこで,本書よりも詳しく書かれた文献を幾つか本文中や脚注にて紹介させていただきましたので,各項目についてもっと詳細に知りたい方はそれらの本を読んでみてください。
 私は子どもの頃から海と船が大好きだったのですが,学生時代に航海学を学んで以来,人と海の多様な関係性について探究すると共に,世界の様々な国と地域においてSCM とロジスティクス,貿易,EC(e-Commerce)などの仕事にも携わってきました。そして,冒頭でご紹介したヤップ島の石貨と同じように,現代においてもモノを運ぶということは心を運び,人と人を結び付ける仕事だと信じています。本書を通じて船や海運と関わってきた先人の営為を少しでもお伝えすることができ,また読者の皆さんがモノを運ぶ仕事に対して関心を示してくださるようになれば幸いです。


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【目次】
第1部 船と航海の歴史を知ろう
 1 船と航海の歴史

第2部 船について知ろう
 2 船の種類
 3 船のサイズとスピード
 4 船の構造と性能
 5 船の機関と設備

第3部 航海について知ろう
 6 船の仕事と航海当直
 7 航海計器
 8 航路標識と水路図誌
 9 航海のルールと信号
 10 船の位置の求め方
 11 操船術
 12 海難とその対処
 13 気象と海象

第4部 港について知ろう
 14 港の歴史と現状
 15 港の種類と港則法
 16 港の仕事

第5部 海運と物流について知ろう
 17 貿易と海運の基礎知識
 18 外航海運の歴史と現状
 19 内航海運とモーダルシフト
 20 SCM とロジスティクス


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


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