拓海広志「『星の航海術をもとめて』を読む」

 航海術の基本は、「船の位置を求めること」と「船の向かう進路を求めること」という、空間認知にあります。まだ海図や航海計器のなかった時代の航海者たちの心には何らかのイメージマップがあり、彼らは天体、風、風浪とうねり、潮海流、海水の色、鳥や魚、陸の匂いなど、自然のもたらす様々なサインを読み解きながら航海術を実現していたのでしょう。


 こうした空間認知力は海を渡る航海者だけに特有のものだったのではなく、広大な草原や砂漠を旅する遊牧民たちにもあった筈で、人間は本来そのような身体知を駆使して旅をする能力を持ちうる存在です。そして、人が自然から受け取る多くのサインの中でも、星は特に重要な役割を果たします。


 ウィル・クセルク著『星の航海術をもとめて』に登場するナイノア・トンプソンは、西洋化された現代のハワイ社会で育った人です。一方、彼に航海術を教えたマウ・ピアイルッグは、ミクロネシアの離島サタワルで生まれ、幼少の頃からカヌーで大海を渡りながら生きてきた、太古から続く身体知的な航海術を今に伝える稀有な人です。


 ナイノアはマウから航海術を教わる際に、生まれたときから海と接してきたサタワルの若者たちが学ぶやり方だけでは無理だと悟ります。そこで、プラネタリウムを使って星の動きについての理解を深め、それによって自分の頭にイメージマップを作り上げていきます。


 こうした論理的なアプローチと、マウから学んだ身体知的なアプローチは、ホクレア号というカヌーで大海を渡るという実践を通して、ナイノアの中で一体化していきます。本書はこのナイノアの学びの過程を描いたドキュメンタリーなのですが、僕は思わず興奮して引き込まれ、一気に読み通しました。


 船や航海についての基礎知識がないと少し読みづらい箇所もあるのですが、加藤晃生さんの丁寧な訳文と訳注がそれをカバーしていますので、是非多くの人に読んでいただきたい一冊です。


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