拓海広志「『行とは何か』を読む」
今から10年ほど前のことになりますが、ある修験者の方が熊野山中で60日間の断食行に挑み、満願成就の直前で死を迎えたという話を聞き、僕は強いショックを受けました。行者の難行苦行が人々を救うという考え方は、現代社会においては容認しにくいものです。しかし、そうした行為に普遍性はなくとも、それによって救済される人が一人でもいれば、行は宗教的な意味を持つのでしょう。あるいは、人間世界に張り巡らされた幾つもの関係の糸をたどることによって、その意味が顕現してくる場合があるのかもしれません。
藤田庄市さんの『行とは何か』に登場する小林栄茂さんは比叡山の千日回峰行を成し遂げられた方ですが、藤田氏のインタビューに答えて「修行はすればするほど、悟りから遠くなります」と語っておられます。荒行によって肉体を酷使したあげくに見る幻覚や、陶酔状態の中で得た擬似的な神秘体験を悟りだと誤解してしまうと、それは悟りの世界から遠ざかることになるでしょう。小林師の言葉はそうしたことへの警告と解することができるのですが、もしかしたら師はもっと深いことを言われているのかもしれません。
ところで、熊野修験の復興に長年情熱を燃やしてこられた那智山青岸渡寺の高木亮英さんが口癖のように言われるのは、「ごく普通に日常生活を送りながら、人生の道を歩んで行くことこそが、実は一番厳しい修行なのだ」ということです。普段は熊野の山中で自らに厳しい行を課しておられる高木師だけに、その行動と言動は一見矛盾しているようですが、実はそうではないのでしょう。日常生活こそが行なのだという師の言葉は、僕の心に強く響いています。
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