拓海広志「『グローバル』の普遍性について」

 11月23日に京都の同志社大学「『グローバル』の普遍性について」という題のシンポジウムが行われ、僕はそこで基調講演をする機会を与えていただいた。昨今の大学や企業では「グローバル人材」ということがよく言われるが、それは一体どういうものなんだろう? (※参考資料(拓海のプレゼン資料))


 僕は、自分がこれまでに日本を含む世界の様々な国や地域で携わってきた企業やNPOでの仕事において、「人財」のことを「仕事を通して顧客、仲間、社会に価値を提供し、そのことを通して自分自身の人生を価値あるものにする人」だと定義してきた。これを実践して実際に「パフォーマンス」を上げるためには、一定のビジネス・ファンデーション(「マインド」「ナレッジ」「スキル」)と「実行力」が必要だが、それが何なのかを具体的に示せば求められる「人財」像は明らかになる。


 人が仕事をする際に、他者に価値を提供しようと思えば、相手の価値観、ニーズ、感情と論理、また相手が属する集団と社会の言語・宗教・文化、環境、政治力学や意思決定プロセスなどを正しく理解した上で、相手の共感と合意を得ながら価値共有するために適切なコミュニケーションをせねばならない。しかし、それは日本を含む世界のどこへ行っても基本的に同じことだ。そこで求められるのはそうした多様な人と社会への対応であり、その差異(主として、言語・宗教・文化的な差異)をマネジメントする能力である。こうして考えると日本の外だからと言って何か特別なことが求められるわけではなく、それをあえて「グローバル人財」として定義する必要はないように思える。


 コミュニケーション能力は「人財」の極めて大切な要件だ。特に、僕がよく「恋」に譬える「Inside-Out Thinking」(例:Product out / Service out)ではなく、「愛」に譬える「Outside-In Thinking」(例:Customer in / User in)によって、相手のことを正しく理解する能力を高めることが求められる。また、ハイコンテクストなコミュニケーション文化に慣れ親しんでいる日本人が、ローコンテクストなコミュニケーション文化圏に属する人たちとコミュニケートする際には、特にわかりやすく丁寧に話す必要がある。ちなみに、僕自身が考えるビジネスコミュニケーションの基本とは、「率直・正直・公正」、「簡潔・明瞭・論理的」、「情熱・感謝・パーソナル」の三つであり、それらは何ら難しいことではない。


 ところで、政治・経済の世界においてパクス・アメリカーナの延長と揶揄されがちなグローバリズムのことではなく、これからの人類が築いていく地球規模の生態系的な<社会=共同体>としてグローバル社会を捉えるならば、単に文化相対主義の観点に立って、その差異をマネジメントしていくだけでは最早済まされないだろう。何故ならば、そうした差異を超えた「普遍性」がないと、真のグローバル社会は成り立たないからだ。


 人類が生み出した言語や宗教、文化の原初の姿(構造や記号、意味では語れない段階の、霊性を帯びた言葉。自然とその延長としての他者、自己の身体への畏怖として生まれた信仰。自然、他者、自己の身体との関係性たる文化の原型)を参照すること。また、歴史の中で人類が作り出してきた様々な言語的・宗教的・文化的差異を超えた「コモンセンス」を再発見・認識し、それに基づくグローバル社会の普遍的な「プリンシプル」を構築・共感・合意、そして価値共有するための活動が必要だ。
 

 そして、こうした活動に積極的に関わることは、真のグローバル人財になるための条件なんだと、僕は思う。まだ未成熟な段階にあるグローバル社会に生きている僕らにとって、現段階におけるグローバル人財の定義とは差し当たり、「人類共通の「コモンセンス」を認識し、グローバル社会の普遍的な「プリンシプル」を構築することの重要性を理解した上で、個人と社会の多様性を理解・尊重し、その差異を適切にマネジメントすることによって、他者と社会に価値を提供する人。そして、そのことを通して自分自身の人生を価値あるものにする人」といったところだろうか。


 僕がこれまでに、近代航海術が登場する前の太平洋諸島民の航海術、すなわち身体知を用いて星の動きや自然のメッセージを読み解くことで自分の位置と目指すべき方向を見出し(空間認知)、イメージの力を用いて海を渡るという技術に注目してきたこと。原始時代の人間が「心」を持ったときに自然を対象化し、次いで自然の延長として他者や自分自身の身体をも対象化し、そこで生まれたであろう初源の言語・宗教・文化について考えてきたこと。また、「伝統」なるものを、人間の集団同士が接触した際に、集団の成員の心理的な安定を図りアイデンティティの拠り所とするために用いられる「方法」として捉えてきたこと・・・。


 あるいは、現代の捕鯨問題や性同一性障害をめぐる問題、アフリカにおける女子割礼の問題、食文化に対するイメージの問題などを通して考えてきたこと。企業やNPOでの仕事におけるグローバルマネジメント、ネットワークマネジメントを通して、自律分散、自己組織化、創発現象、ホロニックマネジメントなどについて考えてきたこと。中世の日本人が自然を「ジネン」「シゼン」と読み分けてきたことに、日本人の自然観の特徴があると考えてきたこと。そして、言語、音楽、スポーツなどを通して行われるコミュニケーションのあり方、特にそのスタイル(文体)や共感・共鳴といった現象について考えてきたこと、等々・・・。


 実はこれらのことは全て根底でつながっており、僕は人類が普遍的に持っているであろう「コモンセンス」の所在を明らかにしたいと考えてきた。そうしたことに触れた古いエッセイを幾つか下記したので、ご興味があれば読んでいただきたい。同志社大学での講演は持ち時間が20分しかなかったため十分に話せなかったが、自分の経験と思索の要点についてはお伝えできたのではないかと思う。会場で多くの素晴らしい人たち、特に上述の定義による「グローバル人財」のエッセンスを既に持っている素晴らしい学生たちに出会えたことに心から感謝したい。


*イメージの力で海を渡る
拓海広志「イメージの力で海を渡る(1)」
拓海広志「イメージの力で海を渡る(2)」
拓海広志「イメージの力で海を渡る(3)」
拓海広志「石貨交易航海の再現(1)」
拓海広志「石貨交易航海の再現(2)」
拓海広志「渡海−人は何故海を渡るのか?(1)」
拓海広志「渡海−人は何故海を渡るのか?(2)」
拓海広志「渡海−人は何故海を渡るのか?(3)」
拓海広志「石貨を運ぶカヌー航海のはなし」


グローカルについて
拓海広志「グローカルな仕事と人生について考える」
拓海広志「越境する問題」
拓海広志「『ナマコの眼』を読む:鶴見良行さん」
拓海広志「ザ・外資」
拓海広志「域内流通の可能性(1)」
拓海広志「域内流通の可能性(2)」
拓海広志「『タガロア再発見』を読む」
拓海広志「南の島の鉄拳人生:ジョン・ラハシアさん」
拓海広志「メリー・クリスマス!」
拓海広志「里山の秋」
拓海広志「路地考」
拓海広志「キラキラの国の四方海話」


*自然、文化、伝統について
拓海広志「信天翁のように・・・」
拓海広志「信天翁ノート(1)」
拓海広志「信天翁ノート(2)」
拓海広志「信天翁ノート(3)」
拓海広志「信天翁ノート(4)」
拓海広志「信天翁ノート(5)」
拓海広志「天皇と自然(1)」
拓海広志「天皇と自然(2)」
拓海広志「天皇と熊野(1)」
拓海広志「天皇と熊野(2)」
拓海広志「人間にとっての表現(1)」
拓海広志「人間にとっての表現(2)」
拓海広志「鯨の向こうに見えるもの(1)」
拓海広志「鯨の向こうに見えるもの(2)」
拓海広志「捕鯨をめぐる話(1)」
拓海広志「捕鯨をめぐる話(2)」
拓海広志「イルカ☆My Love」
拓海広志「多様性を容れる文化」
拓海広志「環境思想と里山:海上知明さん」
拓海広志「スタイルについて・・・」


*公と私、全体と個について
拓海広志「アルバトロス・オムニバス」
拓海広志「公私論(1)」
拓海広志「公私論(2)」
拓海広志「ふるきゃら応援団(1)」
拓海広志「ふるきゃら応援団(2)」
拓海広志「真鍋島にて・・・」
拓海広志「ボンダイ・ビーチ」
拓海広志「そのままの自分と向き合うこと:上川あやさん」
拓海広志「信天翁の会・原論」
拓海広志「理学は実業の諸問題を解決できるか−再び」
拓海広志「やりきれない話」
拓海広志「南の島の呪術師のはなし」


*仕事の価値、人財について
拓海広志「神戸大学にて・・・」
拓海広志「続・神戸大学にて・・・」
拓海広志「続々・神戸大学にて・・・」
拓海広志「続々々・神戸大学にて・・・」
拓海広志「続々々々・神戸大学にて・・・」
拓海広志「働くことの意味?」


*ツーリズムについて
拓海広志「島のエコツーリズム」
拓海広志「島とエコツーリズム(1)」
拓海広志「島とエコツーリズム(2)」
拓海広志「熊野学へのラブソング」
拓海広志「珍味をめぐる旅(1)」
拓海広志「珍味をめぐる旅(2)」
拓海広志「インドネシア料理のイメージ」
拓海広志「インドネシアの食のはなし」
拓海広志「里海の実現に向けて:神田優さん」


*船と航海の歴史
拓海広志「船と航海の歴史(1)」
拓海広志「船と航海の歴史(2)」
拓海広志「船と航海の歴史(3)」


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


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