拓海広志「"キラキラの国"を想う」

 この原稿は僕がインドネシアジャカルタに住んでいた1996年に書いたものです。


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 僕はインドネシアのことを人に紹介する際にいつもそれを"キラキラの国"と呼んでいる。「キラキラ」とは「大体」「大まかに」といった意味を持つインドネシア語だが、大方のインドネシア人が持つ大らかな性格を表すと同時に、熱帯の太陽が燦々と照り輝くこの国のイメージともぴったりくるので、僕の大好きな語だ。


 インドネシアは典型的な多民族国家である上に、太古より東西南北の人々の往来が激しかった場所なので、異文化の受容度が高く、また異民族の扱いに長けている。だから、この国を訪れる外国人の多くはインドネシアの人々のホスピタリティの高さに感激してこの国が大好きになるか、あるいは大きな勘違いをして尊大に振る舞った挙句に彼らの反発を受けてこの国が大嫌いになってしまうようだ。


 昨今インドネシアを含む東南アジアへの日本企業の進出は進む一方で、これを「第二次南進期」と呼ぶ人さえいるが、実は大方の日本人の東南アジア理解度は昭和初期の「第一次南進期」と比しても大して深化していないように思う。だから、日本人の中にはインドネシアのことを"ネシア"などと、蔑称と取られかねない略称で呼び捨てて平気な人もいるのだろう。


 インドネシア人はそんな日本のビジネスマンが相手でも、持ち前の大らかさとホスピタリティを発揮しながら付き合ってくれるだろうが、我々の方はそれに甘えずに真の意味での信頼関係を築いていきたいものである。


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