拓海広志「渡海−人は何故海を渡るのか?(2)」
1989年から1994年にかけて「ミクロネシアの伝統的帆走カヌーによるヤップ〜パラオ間の石貨交易航海の再現プロジェクト(アルバトロス・プロジェクト)」が実施されました。1995年初頭に僕が書いた小文をここに転載させていただきます。
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それから1年後、僕は「ミクロネシアの伝統的帆走カヌーによるヤップ〜パラオ間の石貨交易航海の再現プロジェクト(アルバトロス・プロジェクト)」に興味を抱いて集まってくれた数名の仲間と共にヤップを再訪した。
ガアヤン氏の方は我々の訪問を前にプロジェクトの進め方について氏なりのアイデアを練り上げていたようだ。それはヤップ全体を巻き込みながら、かつパラオ共和国との関係を調整しながら進めていかねばならない今回のプロジェクトにおいては、自らの立場は後見人的な場所に置いておき、島で小さなホテルを経営している元国会議員のジョー・タマグ氏にコーディネーターになってもらい、ヤップの酋長会議やミクロネシア連邦ヤップ州政府の全面的な承認と協力を得て事を進めていくというものであった。
我々はヤップに滞在した一週間の間にガアヤン氏やジョー・タマグ氏、あるいはカヌー大工のジョン・タマグヨロン氏らと様々な話をし、最終的には日本側に「アルバトロス・プロジェクト実行委員会」というチームを立ち上げて、このプロジェクトを支援することを決めた。島の行く末を憂う老人たちの心意気を受けて、我々の気持ちも一つにまとまったのだ。
その後のプロジェクトの経緯については他のところにも書いてきたが、「ヤップの人々のペースや流儀を尊重しながら、ゆっくりと進める」を合言葉に、このプロジェクトは本当にゆっくりと時間をかけて進められた。その間には実に様々な人間ドラマがあったが、その一つ一つがプロジェクトを通じて得た我々の財産のようなものである。
その一方で、我々はこのプロジェクトの根底にあるものを問い直す作業も怠らぬよう努めた。それは、ガアヤン氏らが提起した「伝統文化を守る」というテーマの正当性、妥当性を検証するということだ。何かを進める一方でその足下を見つめ直すというのは時として痛みを伴うが、それは自分たちのやっていることに対して確信を持つために必要なことである。
当時の僕は、人間が根源的に抱えている「社会・世界に対する異和」と「自己の身体に対する異和」という二重の「異和」感を切り口として、人と自然の関係性、そしてその関係の所産とも言える文化について考えていたのだが、そうした考察の中で「伝統」とは「文化」が獲得した空間性(すなわち共同体の構成員がそれを共有しているという感覚、意識を持ち合わせること)を安定、延命させるための<方法>に過ぎないということに気づいた。
そして、その<方法>の有効性は伝統主義の本質とは無縁なロマン主義的懐古趣味と混同されると失われてしまうこと、またこの<方法>はある特定の人々の権益を守るためだけに使われてはいけないということに思い至った。そして、そうしたことを前提として考えるならば、人々が現在帰属している集団(社会)内において自身と集団(社会)のバランスを保ちながら生きていくためには、「伝統文化」なる共同幻想に頼ることが必要な場合もあるという結論に至ったのである。
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僕はこうした考察について、1992年に開催されたシンポジウム「「伝統と文化」と「自然と人間」」においてお話させていただく機会を得た。このシンポジウムでは「人と自然の関わり方」に関する幾つかの事例が報告され、「伝統保持と自然保護という思想の正当性と有効性」についても熱い議論が交わされた。
※シンポジウム『「伝統と文化」と「自然と人間」』(1992年12月開催)
・岩崎博一「アルバトロス・プロジェクトの現状報告と今後の行方」
・佐藤傳「ヤップ社会の変容−国際協力の現場から」
・工藤将人「伝統文化の復元−「サンタ・マリア」の航海から」
・秋道智彌「帆走カヌーの航海術にみる空間・時間認知論」
・大隅清治「レンバタ島の捕鯨にみる人と自然の共生」
・渋谷正信「自然を読み取る「カン」」
・拓海広志「「伝統と文化」と「自然と人間」」
・共同討議「「伝統と文化」と「自然と人間」」
(司会:室元隆志)
このシンポジウムでは、まず岩崎氏(アルバトロス・プロジェクト実行委員長)よりヤップでのカヌー原木切り出しが終わったばかりのプロジェクトの現状を報告いただき、それから「第一部:伝統社会と近代社会」に移った。ここではヤップで水産指導を行っている佐藤氏(JICA)よりヤップ社会の変容と日本のODAがそれにどのような影響を与えているかについて紹介いただき、コロンブスの「サンタ・マリア」航海500周年を記念して行われた「サンタ・マリア復元プロジェクト」を成し遂げられた工藤氏(サンタ・マリア号協会)には伝統文化を復元することの意味と冒険航海に取り組む際の心構えなどについて語っていただいた。
続く「第二部:自然と人間、その関わりについて」では、かつてサタワル島の航海術を調査したことのある秋道氏(国立民族学博物館教授)より、航海者たちが何の目標物もない大海の上でどのようにして空間や時間を認知するのかという非常に興味深い話をいただき、大隅氏(日本鯨類研究所・所長)からは資源管理の面から大きな注目を集めているインドネシアのレンバタ島民たちの捕鯨を題材として、人と自然の共生のあり方について語っていただいた。また、渋谷氏(渋谷潜水工業社長)からは、自然のリズムを読み取り、それと同調することによって適切な行動ができるようになるということを、幾つかの事例をあげてお話いただき、僕は最後の共同討議へ向けて幾つかの問題提起を行った。
プロジェクトの醍醐味は様々な人との出会いである。「アルバトロス・プロジェクト」においても、日本、ヤップ、パラオ、またヤップの離島(サタワル、ウォレアイ)はもちろん、グアム、ハワイ、アメリカ本土、オーストラリア、インドネシア、韓国などから多くの方がプロジェクトに関わってくださり、それをより豊かなものとしてくださった。思いがけず、ケネス・ブラウワー氏からプロジェクトへのエールの手紙をいただいたことも嬉しかった。
僕自身は1992年半ばから生活の拠点をインドネシアに移したこともあり、当時バリやマナドで活動していたニュージーランド人の冒険家ボブ・ホブマン氏(かつてダブル・カヌーでフィリピンからマダガスカルまでの航海を成し遂げた人物)との親交を深め、彼の進めるプロジェクト「Putra Tagaroa Expedition」とのリンクを通じて、「東南アジアとミクロネシアを結ぶ海の道」という視点を得ることもできた(ちなみに、ヤップとパラオでは我々のプロジェクトは「Stone Money Expedition」と称されていた)。
このことについて考える際に重要だと思われるのは、ミナハサ半島とミンダナオ島の間に浮かぶサンギール・タラウド諸島や北マルクのハルマヘラ・モロタイ島とミクロネシアの西端に位置するパラオ諸島の間の海だろう。この海域には俗にパラオ南西諸島と称されるソンソロール、ファナ、プロ・アンナ、メリル、トービ、ヘレン・リーフといった島々が浮かんでおり、太古よりインドネシア、フィリピン、ニューギニアとの間で盛んに行き来があったと言われている。例えば、パラオの人々が身につけているマネービーズにしても、それがニューギニア方面からもたらされたものである可能性は高い。ホブマン氏との出会いによって「アルバトロス・プロジェクト」の視野はさらに拡がった。
それにしても、「アルバトロス・プロジェクト」実行委員会の主要メンバーは各地に拡散していたので、その運営はなかなか大変だった。ジャカルタの僕、ソウルの杉原進氏、西宮の岩崎博一氏と藤本博康氏(共に古野電気)、ヤップに長期滞在してくれた田中拓弥氏(京都大学探検部)、東京の原哲氏(TBS)、京都の竹川大介氏(京都大学探検部)、大阪の秋道智彌氏(国立民族学博物館)、茅ヶ崎の渋谷正信氏(渋谷潜水工業)ら、主なメンバー間を実にたくさんの手紙やファックスが飛び交い、それによってチームは常に正しく情報交換をし、一つの方向へ向かって協力し合うことが出来たのだ。
※『アルバトロス・プロジェクト中間報告会』(1993年12月開催)
・田中拓弥「ヤップ・カヌー建造の記録」
・岩崎博一「「ムソウマル」進水式に向けて」
・竹川大介「ファナレイのイルカ漁」(特別報告)
・拓海広志「東南アジアとミクロネシアを結ぶ海の道」
(司会:岩崎博一)
(無断での転載・引用はご遠慮ください)
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【アルバトロス・プロジェクト中間報告会にて。右端は柴田雅和さん】
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