拓海広志「メリー・クリスマス！！」

　サンタクロースのモデルとなったのは、3世紀後半に東ローマ帝国小アジアで生まれた聖ニコラウスだと言われています。もっとも、サンタ伝説はローマ時代のサトゥルヌス信仰や、ヨーロッパ各地の古い信仰に見られる年神伝承などとも融合しているため、正統的なキリスト教の立場から見ればサンタは異端者だとも言えます。さらに、現代のサンタ像はコカコーラ社がCMのイメージ・キャラクターとして起用したことで世界中に拡がったものなので、厳格なクリスチャンたちが眉を顰める気持ちも理解できます。そんなこともあって、サンタクロース（フランス語ではベール・ノエル）は1951年12月23日にブルゴーニュのディジョン大聖堂前で火刑にされたりもしたのですが、翌24日にはそれに反発した市民の手により同市役所で復活を遂げています。これは伝統やしきたりを大切にするブルゴーニュで起こった事件だけに興味深い話です。

　とは言え、クリスマスの前夜にサンタのおじさんがどこからともなく部屋にしのびこみ、こどもたちの枕元に贈り物を置いていくというのは、なかなかよく出来た物語です。古い伝承の中の怨霊信仰や年神信仰が現代の商業主義と折り合いをつけ、こんな風に姿を変えて世界各地（もちろん、イスラム圏や仏教圏、ヒンドゥー圏などを除く）に浸透しているのは面白い現象です。元来キリスト教におけるクリスマスとは、神、救世主から授かった賜物に対して感謝を捧げる祝祭だったはずですが、サンタによってそれが様相を変えてしまったことは注目に値します。そして、厳格なクリスチャンがサンタのクリスマスへの介入を嫌う理由はそこにあるのです。もっとも、クリスマスが極めて商業主義的に演出されている日本では、こどもたちに贈り物を配ってくれるサンタクロースをそう頑なに否定することもないのでしょうが・・・。

　さて、商業主義の是非はともかくとして、クリスマスが近づくと街が華やいで、何となく幸せな気分になってくるのは悪くないものです。僕には欧米人の友人や仕事仲間が多いので、12月に入ると「Wish you a Merry Christmas」などと季節の挨拶を交わす機会も多くなりますが、この「Merry」という語にはどこかあたたかい響きがあっていいですね。ところで、僕がクリスマスなどに海外の友人らに時々贈るものの中に、Junichiこと小野純一君によるドローイング集があります。純一君は西宮で僕と同じマンションに住む隣人ということもあって僕は昔から応援しているのですが、彼の絵には誰の心の中にもスッと入ってきて和ませてしまうところがあり、それは洋の東西を問うことなく多くの人に受け入れられる普遍性を持っています。とても素敵なドローイング集なので、是非多くの人に見てもらいたいです。

　世界ではまだ多くのこどもたちが飢餓や病気で苦しんだり、テロや紛争の被害にあったりしています。また、日本でも親からひどい虐待を受けたり、学校で陰惨な苛めに遭うこどもが少なくないと聞きます。そんな時代においても、もし多くのこどもたちが笑顔で「メリー・クリスマス」と言えるのであれば、厳格なキリスト教の教義と現代的な商業主義の相克を超えて、現代的幸福の象徴であるサンタクロースの存在には意義があるのかも知れません。しかし、残念ながらそんな生易しい状態にはないこどもたちも多くいることでしょう。純一君の本に「ぼくは喧嘩がきらいです」という言葉が書かれていますが、彼の描く平和な世界、全てのこどもたちが笑顔になれる世界を希求して、皆が日々の努力を続けていくしかないのだと思います。そんな思いを込めて、メリー・クリスマス・・・。

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