拓海広志「素晴の「帆」に思いを込めて : 高橋素晴さん」

 僕が25歳のときに仲間たちと立ち上げたNPOアルバトロス・クラブ」(環境活動支援ネットワーク)が2009年に設立20周年を迎えます。クラブの目的は「人と自然とモノの関係性について関心を持ち、何らかの社会的活動を行っている人たちのサロンとして、交流と活動の場を提供すること」で、同クラブは様々なフィールドで環境活動や自然体験活動などの社会的活動を行っている人たちが相互に支援し合えるネットワークとして、多くの場を創造・提供してきました。


 もちろん、その中には1989年〜1994年にかけて行われた「ミクロネシアの伝統的帆走カヌーによるヤップ〜パラオ間の石貨交易航海再現プロジェクト(アルバトロス・プロジェクト)」も含まれますし、他にも神戸・明石、吉野・熊野、伊勢・志摩、湘南・伊豆、沖縄・奄美、新潟、屋久島、淡路島やインドネシア、フィリピンといったクラブにとって重要なフィールドを舞台に行われた活動は多岐にわたります。


 2002年から同クラブの代表は高橋素晴さんが務めており、僕は今では運営にあまり携わっていないのですが、高橋さんは今年25歳になったので、何となく時代が一回りしたような気がします。高橋さんと言えば、14歳のときに単独で太平洋を横断したことで知られるヨットマンで、彼が小学生のときから僕は付き合いがあります。


 現在高橋さんは鹿児島県川辺町にあるかわなべ森林馬事公苑に所属し、そこで自然学校などの企画・運営といった仕事をしていますが、そんな中でアルバトロス・クラブの運営にも時間を割いてくれています。先日僕は鹿児島を訪ねて久しぶりに高橋さんに会い、美味いキビナゴや地鶏を肴に芋焼酎を飲み交わしながら、2008〜2009年にかけてのプランについて語り合いました。素敵な仲間との対話はいつも心地よく、時が経つのも忘れてしまいます。


 高橋素晴さんが太平洋横断航海を終えた後に出版した本に『それから 14歳太平洋単独横断』(日刊スポーツ出版社)というものがあるのですが、彼の依頼で僕もそこにちょっと寄稿をしました。本の宣伝を兼ねて、僕が寄稿した文章をここに紹介させていただこうと思います。よかったら、是非本書を読んでみてください。


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 風上に向かって少し斜めに切り上がろうとするときの帆船が描くしなやかな曲線ほどセクシーなものはない。かつて私も日本丸という大型帆船に乗って太平洋を渡ったことや、ミクロネシアのヤップ島で造った伝統的なシングル・アウトリガー・カヌーを使ってヤップ〜パラオ間の石貨交易航海を再現するというプロジェクトに参画した経験があるのだが、そうした大型帆船やカヌーでも、素晴君が太平洋を渡るのに使った近代的なヨットでも、そのセクシーさに変わりはない。そこには自然に打ち負かされず、その力を利用して何事かを成し遂げようとする人間のしたたかな意志とともに、自然の懐に抱かれてそれと調和しなければ何事をも成し得ないことを知っている人間の謙虚さが表現されている。「帆」の持つセクシーな美しさとは、それが自然と人間がギリギリの線で調和を保っているというスリリングな関係のあり方を象徴していることによるものなのだろう。


 私が高橋素晴君と知り合ったのは、彼のお父さんで陶芸家の裕雄さんを通じてのことである。土の粒子に溶け込んだ大地のエネルギーをそのまま造形化したような元気いっぱいの作品を作る裕雄さんはこよなく海を愛する人でもあるが、平成3年に裕雄さんが神戸で個展を催された際に、私は当時まだ小学生だった素晴君をご紹介いただいたのである。そのとき、裕雄さんは素晴君が小学3年生のときに新潟の寺泊から佐渡の赤泊までカヤックで漕ぎ渡ったという話を披露してくださったのだが、私もその数年前に同じコースをカヤックで漕ぎ渡っており、そのハードさを知っていただけに、幼い素晴君のタフさには感心してしまった。しかし、皆で夕食を食べに行ったベトナム料理店で2人の弟たちと競うようにして料理を食べる素晴君の姿は生き生きとしており、私はごく自然体で海を楽しんでいる素晴君に対して大いに好感を持ったのである。


 それからしばらくして私はジャカルタに居を移し、裕雄さんとは手紙のやり取りを主としたお付き合いになっていたのだが、平成8年の春に「今年の夏に素晴がヨットで太平洋を単独横断するので、応援してほしい」という趣旨の手紙をいただき、びっくりしてしまった。言うまでもないことだが、外洋を航海するためには単にヨットの漕艇技術があればよいというものではない。まず遠洋航海に必要な航海術を習得しておかねばならないし、トラブルが起こった場合の対処法や遭難時のサバイバル術も学んでおく必要がある。また単独航海ということになると、孤独に打ち勝ちながら心身の状態をよく保ち、食料や飲料水の管理を含む船内生活のマネージメント全てを自分一人でやらねばならない。こうしたことは大人のヨットマンにとっても容易なことではなく、私はまだ中学生の素晴君にそうしたことができるものかどうか少し不安に感じたのだ。


 だが、幸いなことに私の心配は杞憂であった。もちろん、素晴君にとっては初めての遠洋航海だっただけにトラブルや失敗は色々とあったようだし、航海の途中で音信が途絶えて関係者をやきもきさせたりもした。しかし、それにもかかわらず彼がこの大航海を成功させたことは事実であり、航海中に起こった数々の問題をたった一人で沈着冷静に乗り越えてみせた彼の精神力の強さは賞賛に値するだろう。私は素晴君に心の底から「おめでとう! よくやった!」と言ってあげたい。


 航海の後、私は平成8年の12月に素晴君やそのご家族と一緒に熊野を旅する機会を得た。そこで出会った素晴君は哲学的な思索のできる内省的な青年へと変貌を遂げており、彼が「今後の自分の生き方によって、今回の太平洋横断の価値が決まる」「航海中に感じたことは、自然への感謝や謙虚な気持ちを持ちながらも誇りと自信を持ち、自分自身が自然の一部であることを意識することの大切さだ」などと語るのを聞いて、私は彼がこの航海を通していかに大きく成長したかを知ったのである。特にこれからの生き方をしっかり確立することによって、自分が過去にやったことの意義を明確にしていくというような考え方は並みの人間にはできないもので、私はそのときから素晴君のことを年齢は若くても尊敬に値する人物として見なすようになった。


 航海について一部のマスコミから随分激しく非難されたこともあってか、熊野を訪れたときの素晴君の心中にはまだ少しもやもやしたものが残っていたようだ。しかし、熊野の山・河・海を巡る中で素晴君の表情は徐々に明るく変わっていき、那智山の上から荘厳に流れ落ちる御滝と眼下に雄大に広がる熊野灘を眺めたときには、会心の笑みを浮かべながら「何だか全てが吹っ切れました」と語ってくれた。もしかしたら、熊野の自然の豊かさ、その自然の中で大らかに生きてきた人々の強さと優しさにふれたことによって、素晴君の魂に新たなエネルギーが吹き込まれたのかも知れない。私自身が熊野を旅する度にエネルギーを得ているので、何となくそんな気がするのだ。


 ちなみに、素晴君もメンバーの一人となっている「アルバトロス・クラブ」はしばしば熊野を活動のフィールドとしてきた。クラブのメンバーには熊野修験を再興すべく尽力されている那智山青岸渡寺高木亮英副住職もいらっしゃるのだが、同師から熊野修験や補陀落渡海の背後にある日本人の自然観や宗教観、世界観について教わった素晴君は、自分も熊野の山中で行者たちと共に修行してみたいと言い、またいつの日にかヨットでの世界周航の夢を果たすときには是非那智の浜から船出してみたいとも語っていた。そうした体験をすることによって、彼はさらに深みと大きさのある人物になっていくのかも知れない。


 この文章の冒頭で私は「帆」の持つセクシーな美しさについてふれたが、そういう意味では素晴君もまたセクシーな男だと言える。それは自分自身も自然の一部に過ぎぬことを認識し、自然に対する強い畏敬の念を抱きながらも、人間としての尊厳を大切にしていきたいという、彼が理想とする自然との<関係>のあり方のスリリングさによるものだ。そして、それは正に「帆」のごとき生き方だと言える。そんな素晴らしい青年と出会えたことを私もまた誇りに思うが、素晴君自身が語るように、今回の航海を真に意義あるものとするためにも、今後の人生をより素晴らしいものにしていってほしい。


(平成9年5月18日、上海にて)


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(無断での転載・引用はご遠慮ください)


(↓)アルバトロス・クラブのメンバーの著書(共著・翻訳を含む)をご紹介します。


高橋素晴さん 『それから』

それから―14歳太平洋単独横断

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秋道智彌さん 『水と世界遺産』

水と世界遺産 景観・環境・暮らしをめぐって

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松木哲さん 『大阪と海』

大阪と海―二千年の歴史

大阪と海―二千年の歴史

※大串龍一さん 『水生昆虫の世界』

水生昆虫の世界―淡水と陸上をつなぐ生命 (TOKAI LIBRARY)

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※茂在寅男さん 『古代日本の航海術』

古代日本の航海術 (小学館ライブラリー)

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大隅清治さん 『クジラと日本人』

クジラと日本人 (岩波新書)

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大杉勇さん 『セイル・ホー!』

セイル・ホー!―若き日の帆船生活

セイル・ホー!―若き日の帆船生活

※飯田卓さん 『海を生きる技術と知識の民族誌』

※長嶋俊介さん 『島 日本編』

島 日本編

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※森本孝さん 『舟と港のある風景』

舟と港のある風景―日本の漁村・あるくみるきく

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小川忠さん 『原理主義とは何か』

※藤岡恵美子さん 『沈黙の向こう側』

沈黙の向こう側

沈黙の向こう側

高嶋哲夫さん 『ミッドナイトイーグル』

ミッドナイトイーグル (文春文庫)

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鷲尾圭司さん 『ギョギョ図鑑』

ギョギョ図鑑

ギョギョ図鑑

※重栖隆さん 『木の国熊野からの発信』

木の国熊野からの発信―「森林交付税構想」の波紋 (中公新書)

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※森拓也さん 『おいしいアジア怪しい食の旅』

※竹川大介さん 『核としての周辺』

核としての周辺 (講座・生態人類学)

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※ジョージ・ミーガンさん 『世界最長の徒歩旅行』

世界最長の徒歩旅行―南北アメリカ大陸縦断3万キロ

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栗原奈名子さん 『ニューヨーク自分さがし物語』

ニューヨーク自分さがし物語―怒る女は美しい!

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津村喬さん 『疲労回復の本』

疲労回復の本―あなたの心身疲労を気功で癒す

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石川直樹さん 『いま生きているという冒険』

いま生きているという冒険 (よりみちパン!セ)

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※土方幹夫さん 『水あそびのニューコンセプト』

水あそびのニューコンセプト

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古田新太さん 『柳に風』

柳に風

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※北野正徳さん 『ふたつの紅白旗』

ふたつの紅白旗―インドネシア人が語る日本占領時代

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大森洋子さん 『風雲の出帆』

風雲の出帆―海の覇者トマス・キッド〈1〉 (ハヤカワ文庫NV)

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小黒世茂さん 『隠国』

隠国―歌集

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渋谷正信さん 『イルカに学ぶ癒しのコツ』

※小清水正美さん 『ジャム』

※徳江倫明さん 『農業こそ21世紀の環境ビジネスだ』

農業こそ21世紀の環境ビジネスだ

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※小島孝夫さん 『海の民俗文化』

海の民俗文化

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田中美津さん 『かけがえのない、大したことのない私』

かけがえのない、大したことのない私

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※野宮亜紀さん 『性同一性障害と戸籍』

性同一性障害と戸籍―性別変更と特例法を考える (プロブレムQ&A)

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海上知明さん 『環境戦略のすすめ』

環境戦略のすすめ エコシステムとしての日本 (NTT出版ライブラリーレゾナント)

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等々力政彦さん 『シベリアをわたる風』

シベリアをわたる風―トゥバ共和国、喉歌の世界へ

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※徳永雄一郎さん 『ストレスとうつ』

ストレスとうつ (西日本新聞新書)

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※近藤恒夫さん 『薬物依存を越えて』

薬物依存を越えて―回復と再生へのプログラム

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※北窓時男さん 『地域漁業の社会と生態』

地域漁業の社会と生態―海域東南アジアの漁民像を求めて

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※門田修さん 『海のラクダ』

海のラクダ―木造帆船ダウ同乗記 (中公文庫)

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※床呂郁哉さん 『越境』

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※石井三雄さん 『光と風の回想』

光と風の回想―サハラの砂丘に抱かれて

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※坂井隆さん 『港市国家バンテンと陶磁貿易』

港市国家バンテンと陶磁貿易

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※川口祐二さん 『蘇れ、いのちの海』

甦れ、いのちの海―漁村の暮らし、いま・むかし

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※宇江敏勝さん 『山に棲むなり』

山に棲むなり―山村生活譜 (宇江敏勝の本)

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※吉岡嶺二さん 『山陰・瀬戸内カヌー膝栗毛』

※鈴村昶さん 『裸になったサラリーマン取材ノート』

※森田玲さん 『岸和田祭音百景 平成地車見聞録』

岸和田祭音百景 平成地車見聞録 (CD付)

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※田村安さん 『オーガニック・ワインの本』

オーガニック・ワインの本

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吉田よし子さん 『おいしい花』

おいしい花―花の野菜・花の薬・花の酒

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坂本廣子さん 『行事食・祭事食 イラスト版』

※牟田清さん 『太平洋諸島ガイド』

太平洋諸島ガイド―南の島の昔と今

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※津留歴子さん 『失敗のインドネシア』

※廣瀬肇さん 『事例で考える行政法』

事例で考える行政法

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※鈴木勇次さん 『日本の島ガイド・シマダス』

日本の島ガイド シマダス

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※村田武一郎さん 『海と陸との環境共生学』

海と陸との環境共生学―海陸一体都市をめざして

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※山上博信さん 『あなたにもできる敷金トラブル解決法』

あなたにもできる敷金トラブル解決法 (あなたにもできるシリーズ)

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※内藤浩哉さん 『厳選日本のホームページ10万』

厳選日本のホームページ10万 (2000年夏版) (アスキームック)

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※瓜田澄夫さん 『最新地球環境レポート』

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※井上和雄さん 『ハイドン ロマンの軌跡』

ハイドン ロマンの軌跡―弦楽四重奏が語るその生涯

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※坂本賢三さん 『「分ける」こと「わかる」こと』

「分ける」こと「わかる」こと (講談社学術文庫)

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鶴見良行さん 『ナマコの眼』

ナマコの眼

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大内青琥さん 『おじいさんのはじめての航海』

※拓海広志 『ビジュアルでわかる船と海運のはなし・改訂増補版』

ビジュアルでわかる船と海運のはなし

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※仲地洋さん 『ちゅら島久米島・久米島町誕生記念写真集』

※吉岡彰太さん 『ロンサム・カヌーボーイ沖縄の海を行く』


(↑)アルバトロス・クラブのメンバーの著書(共著・翻訳を含む)をご紹介します。