拓海広志「京都精華大学にて・・・」

 今年は年明け早々からずっと仕事が忙しく、休暇を全く取れないばかりか、週末もほとんど休めぬまま11月を迎えてしまいました。そこで11月7−9日にかけて遅ればせながらの夏季休暇を取ったのですが、その間も7日は京都精華大学で講義を行い、8日は日本IBMで開催されたロジスティクスセミナー中のパネル・ディスカッションにパネラーとして参加することになったため、結局今年は最後まで休みとは縁遠い年になりそうです。


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 京都精華大学での講義は同大で人文学部長を務める鷲尾圭司さんの要請に応えたものです。鷲尾さんは数年前に明石林崎漁協の調査室長から大学教授に転じられた方で、漁業と市場の現場を熟知する同氏からは僕も多くのことを教わっています。講義の後は、総合地球環境学研究所で副所長を務めておられる秋道智彌さんも加わり3人で祇園で食事をしました。秋道さんは海洋民族学の第一人者で、僕が多くの学恩を得てきた方です。


 この日僕が行った講義の主題は「人は何故海を渡るのか?」、副題は「自己表現としての海」でした。話は僕の個人的な海との付き合いのことから始まり、現代の海運業についても少し触れましたが、僕が最も時間を割いたのは1989年から1994年にかけて実施した「ミクロネシアの伝統的帆走カヌーによるヤップ〜パラオ間の石貨交易航海再現プロジェクト(アルバトロス・プロジェクト)」についてでした。
 

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 僕の話へのフィードバックとして学生諸君が書いてくれたレポートを読ませてもらったのですが、若い彼らの感性や観察の鋭さには感心させられる点が多々あり、僕も勉強になりました。幾つかのレポートから興味深い箇所を抜粋し、要点を整理した上で、少し文章を変えて紹介してみようと思います(原文のままでの転載となるのを避けるため)。


※Aさん「今回の講義でショックを受けたのは、ミクロネシアの自殺率が思っていた以上に高く(日本は人口10万人当たり24人なのに対してミクロネシアは26人)、その理由の多くが「何の為に生きているのかわからない」というのを知ったこと。母系集団など古くからの規範が色濃く残っている地域や、近代化が一定程度進んでいる地域では自殺率は低く、近代化への移行期にある地域で自殺率が高い傾向があるようだ」


※Bさん「今回の講義で印象に残ったのは、「海が大好きだけど、海以上に人が好き」という言葉だ。共にカヌーを作った高齢の仲間が亡くなったり、共に海を渡った若い仲間が後に自殺をしたりしても、「色々な人と付き合って、色々な人の考えを知って共に働きたい」という思いは前向きだ。私も旅が好きだが、これからは単なる旅人では済まされないくらいのリピーターになり、旅先で出会った人たちから与えられるだけではなく、こちらからも何かを与えられるような人間になりたい」


※Cさん「今回一番印象に残ったのは、「人間と自然の関係性は船の形で表現されてくる」という一言。その言葉で、人間は住む地域に応じて進化したり、独自の文化を持ったりして、その地域の自然環境に適応してきたのだということ。また、それが出来なければ滅んだのだろうということに思い至った」


※Dさん「ヤップ島でのプロジェクトにおいて、善意の押し付けにならぬよう、ビジネスライクな関係を意識的に保つようにしたという話が異文化交流事業における要点として印象に残った。また、「自分が旅人だったときに表面的に見えていたものと、実際に深くコミュニティーに入ってから見えてきたものは違った」という話は興味深く感じた」


※Eさん「印象に残ったのは、「誰かと一緒に何かをし、親密な関係になっていくことで初めて見えてくることがある」という言葉。これはヤップでのプロジェクトに限ったことではなく、私たちの人生においてとても重要なことだと思う」


※Fさん「自分はとても人見知りなので、拓海さんが大学を卒業したときに「あえて人との関わりが多く、世界中を飛びまわれる仕事を選んだ」という言葉が印象に残った。また、ヤップ島の石貨が、島の人たちが共有する航海や流通にまつわる物語によって価値を決めるという話に感銘を受けた。さらに、島社会のヒエラルキーから、航海を担った離島の人たちがヤップ島で酋長たちが催した祝宴に同席させてもらえなかったという話は悲しく、自分の心に残った」


※Gさん「ヤップでのプロジェクトに関連して、「善意だけでやっていてもひずみが出てくる」と言われたことが心に残った。善意という曖昧で不安定な感情でやっていては必ず適当な部分が出てくるから、あえてビジネスライクな進め方をする。それは一見冷たい印象だが実はそうではなく、ヤップの人たちと対等の立場で接し、共に行動していこうという考えから来ているのだろう。善意だけでやっていると、「自分は善意でやっているんだから感謝しろ」という感情が起こったり、一つの壁にぶつかった際に「善意でやってきたのだから、もう十分じゃないか」という簡単な諦めも起こりやすい。私もこれから社会ボランティアに関わるときなどに、こうした考え方を持つようにしたい」


※Hさん「「ヤップやパラオでは、単なる旅人ではなく、一緒にプロジェクトをやることになり、たくさんの深いことを学んだ」という言葉に印象を受けた。それを聞いて、観光地で現地の人たちが見せている顔は営業用なんだなと思い、旅をする前に現地社会のことをよく勉強しておくことの重要性に思い至った」


※Iさん「「石貨交易航海再現プロジェクトの目的は、伝統的な航海を現代において継続的に復活させることではなく、このイベントを通してヤップ島の若者たちに自分たちの島の歴史や文化を再認識してもらうことにあったし、それが発起人である老酋長の思いだった」という話が印象に残った」


※Jさん「「ヤップの人たちは残念ながらコンビーフやインスタントラーメンばかり食べています」。そして、「ミクロネシアでは若い人たちの自殺率が高い」。この二つの言葉に衝撃を受けました。ミクロネシアに対して楽園のような美しいイメージを抱いていたのですが、植民地時代や信託統治時代を経て社会の状況が変わってきたことを知り、なるほどと思いました」


※Kさん「現代社会の歪みの全ては、人類が大海に乗り出したときから始まっていたのかも知れません。でも、「最後は人と人。真摯に繊細に話し合えば理解し合える」と私は信じています。人類が「スターコンパス」を頭に描くことができるのならば、世界の平和のために航海をしてほしいです。国という隔たりを越えて、心の海を渡って行きたいです」


※Lさん「「船の形を見れば、船が使われる地域の自然や、船を何に使うのかという目的がわかるが、そこには人と自然の関係性が表現されている」という言葉が印象に残った。そして、これを機に自分も船のことを勉強してみようと思った」


※Mさん「子どもの頃から海と親しみ、日本と世界各地の海と島を旅してきた拓海さんがあえて「人が好き」というのは、様々な環境のもとで様々な暮らし方をする人たちのことを尊重しているからだろう。また、ヤップの問題は日本とも共通しており、私は特に伝統食などの食文化をきちんと伝えていく必要があると考えている」


※Nさん「カヌーを作り、航海することを通して、木の命の大切さや、石貨にこめられた多くの人たちの思いを若者たちに伝えていくというのは素晴らしいことだと思いました。昔のヤップの航海者たちは計器に頼らず、自分の身体感覚だけで自然を読み解き、海を渡って行ったことを知り、感銘を受けました。現代に生きる私たちも、自然との関係についてもっと真剣に考えるべきだと思います」


 学生の皆さん、ありがとうございました。機会があればまた大学へ足を運び、フィードバックいただいたポイントについてもっと深く語り合えればいいなぁと思います。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


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