拓海広志「震災」
最近『ありがとう』という映画を観たのですが、そこで描かれていた阪神淡路大震災のリアルなシーンの数々に胸が痛くなってしまいました。震災から3年を経た日に僕が書いた小文をここに再掲させていただきます。
* * * * *
地震がきた。家が倒れ、道が崩れ、家族や友達が死んだ。沢山のボランティアがやって来て、日本中、いや、世界中の注目を集め、まるでお祭りのような日々がやってきた。
あれから三年の歳月が過ぎた。街の外面は立派に復興した。でも、人の暮らしは元通りというわけにはいかない。だから、街の内面はなかなか再生してこず、どこかに「祭りの後の寂しさ」がある。
このことは神戸の外にはなかなか伝わらない。東京の人は勿論のこと、隣の大阪の人と話していても、時として大きな温度差を感じることがある。
あの日を境に急に老け込んでしまい、まだそんな歳ではないのに物忘れがかなりひどくなってきているという初老の男性に会った。
人々が妙に怒りっぽくなっている。でも、逆に優しい人も増えた。諦念を持って生きる人が増えてきた。会社に人生を捧げる人が減った。
絶対的な孤独を感じながら生きる人が増えた。耐えられないほどの寂しさを酒で紛らすことによるトラブルと、飲酒が原因で死に至る人も増えた・・・。
久しぶりに故郷の舞子を訪ねてみる。かつては美しかった須磨から明石にかけての海岸線は全て埋め立てられてしまい、見る影もない。
神戸の街には潜在的なエネルギーがある。それは神戸に住む人々が作り出してきた「場」の力であり、人と街は相互に影響を与え合う関係にある。人が蘇らないと街は再生できない。
僕たちは悲観的になる必要も、楽観的になる必要もない。現実を直視して、それを全て受け入れながらも、自分にできる精一杯のことをやっていくしかないのだから。
でも、人は誰でも極端な寂しさには耐えられないものである。だから、決して誰かを深い孤独の闇の中に追い込んではいけない。
世の中の問題には、時間が解決してくれるものと、時間がたてばたつほど解決できなくなってしまうものの二通りがある。
前者はそのまま放置しておいてもよいが、後者は問題の性質を見抜き、早目に手を打っておく必要があるだろう。今の神戸では後者に属する問題が放置されているような気がする。
神戸を再生させるためには、人を再生させねばならない。迷走する世紀末の日本で一足早く混沌と絶望を知った神戸は、地に足のついた暮らし方を示す街として再生できるのだろうか?
三年前のこの日からあと、震災が直接・間接の原因となって亡くなった全ての方のご冥福をお祈りします。
(無断での転載・引用はご遠慮ください)
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