拓海広志「島とエコツーリズム(2)」

 2002年10月27日に沖縄県伊平屋島で日本島嶼学会主催のシンポジウム「島とエコツーリズム」が開催されました。僕はそこにパネラーの一人として出席させていただいたのですが、それは僕自身にとってもエコツーリズムについて考える大変良い機会となりました。特にご一緒した民族学者の秋道智彌さん、(株)リクルートの玉沖仁美さんのご発言には随分啓発されました。


 勿論、僕は決してエコツーリズムの専門家ではなく、学生時代からずっと世界各地の海や島をめぐる旅をしてきたということから、「旅人代表」としてパネラーに選ばれたに過ぎないのですが、せっかくこのような良い機会を与えていただきましたので、僕がシンポジウムに用意したレジュメと、シンポジウムでの討議を振り返りながら考えたことを整理してみようと思います。


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≪シンポジウムを振り返って≫


 シンポジウムの中では、先ほど紹介したレジュメに基づき、僕はパネラーとしての発言を幾つかさせていただきました。ただ、今回のシンポジウムではいきなりエコツーリズムの定義とは何かという問題提起から出発したのですが、それが問題になるということ自体が日本でのエコツーリズムが実践段階に入っていないことの証左だとも言えそうです。


 実はエコツーリズムについては既に国際的に幾つかの定義が採択されているのですが、それらの中から最大公約数的なものを抽出すると、「自然環境を対象とし」「教育的な要素を持ち」「持続可能な方法で管理・運営される」「ツーリズム」ということになると思います。


 ただし、その中にはより手つかずに近い自然を対象とし、極力それに影響を与えぬ形で観察しようというネーチャーツーリズムから、その土地の自然と関わって生きている人々の生活や文化、すなわち風土全体を対象とするエンデミックツーリズムに至るまで様々なものがありますので、エコツーリズムの実相は決して一様ではありません。


 しかし、僕は実のところツーリズムもエコロジー思想も、共に近代になってから生み出されたものであり、典型的な近代の所産であると考えています。


 ツーリズムとは異人たちの住む異文化世界が発見・体験の対象、すなわち緩やかな支配の対象となったときに初めて生まれてきたものですし、エコロジー思想もまた人間が自然を克服し、それをコントロールできるようになったと錯覚したときに生まれたある種の優越感に基づく保護思想です。この支配と保護が実は同じものの表裏として存在することを見落としてはならないと思います。


 そして、人間を除外した生態圏を対象としてエコロジーを考える人と、人間の社会的営為をも生態系の一部として包摂してエコロジーを捉える人の間には常に対立が起こりうるわけですが、その対立はエコツーリズムという場においてより鮮明になると思うのです。


 ちなみに、エコロジー思想に先立つ自然観、自然思想というものは洋の東西を問わず存在しましたが、今日僕たちの周囲で流布しているエコロジー思想の大半は近代における社会思想の諸潮流の上に位置しており、その意味では近代社会思想家の数だけエコロジー思想がありますし、その数だけエコツーリズムの捉え方があるとも言えるでしょう。


 ですから、エコツーリズムの定義付けという問題設定自体が、問題を複雑な迷路の中に誘い込んでしまうものなのかも知れません。余談ですが、このエコロジー思想の系譜分類については国士舘大学海上知明さんが大変わかりやすく説明しておられますので(「環境思想の類型と系譜 エコロジー思想の多様化」(『国士舘大学大学院政経論集・第2号』所収))、是非一読をお勧めします。


 エコツーリズムというのは、観光資源を使い捨てにしていくだけの従来型のマスツーリズムへの批判として登場してきたオルタナティブツーリズム、あるいはサスティナブルツーリズムの中に位置付けられ、特に自然環境を観光の対象とするものとして理解されています。


 しかし、ツーリズムとはそれがビジネスである以上、常にマス化による収入の拡大・安定と持続可能性とのバランスという問題を抱えている筈で、そのことは従来型のマスツーリズムでもサスティナビリティを重視すると謳うエコツーリズムでも本質的には同じだし、ツーリズム以外のビジネスでも結局は同じ問題がつきまとうだろうと僕は考えています。ですから、この点においてあまりエコツーリズムを特別視する必要はないように思うのです。


 あえて非常に醒めた言い方をすれば、現代は自然に対する喪失感が非常に高くなっている時代なので、これまでは人間にとって利用価値がなかったような自然すらも観光資源として脚光を浴びるようになっており、その中で「より本物らしいもの」が求められている時代だと言えます。


 わかりやすく言えば、動物園ツアーに飽き足らなくなった人々がサファリツアーへ向かい、それに飽き足らなくなった人々がさらに本物らしい自然観察・体験ツアーに向かっているということでしょう。しかし、人間が自然と関わることにより、その変化が不可避であるということを前提に考えると、動物園ツアーやサファリツアーと自然観察・体験ツアーのどちらがより自然環境に与えるインパクトが大きいのかを見定めるのは、そう容易なことではなさそうです。


 僕はツーリズムの要点とは、それが内と外の遭遇の場であり、そこで摩擦と交流、対立と昇華といったドラマが起こることによって内と外の双方に対して影響を与え、それぞれの変化を促すことにあると思います。特にホストコミュニティ(内)は外部からの視線を借りることによって自らのアイデンティティを確立する機会を得ることができ、それによって伝統を再発見したり、新たに確立したりできるわけで、経済的な効果を別にすると、ツーリズムの最大の意義はそこにあると言えるでしょう。


 しかし、外部からもたらされる様々な刺激によってホストコミュニティが揺らぐこともありますし、生活資源と観光資源が対立することによってコミュニティが割れるということも起こりえます。勿論、こうしたリスクはマスツーリズムでもエコツーリズムでも同じように存在するのですが、サスティナビリティを重視するエコツーリズムにおいては特にこの点に気をつける必要があるように思います。


 島というのは本当に狭い世界です。ですから、有限性が明確である島の閉鎖空間を利用することによる「島のエコツーリズム」では、その生態圏をある程度完結したものとして理解、把握しやすいというメリットがあり、その教育的な効果が期待できます。また、エコツーリズムを通じて島の価値の再発見と、それに基づく島のアイデンティティの確立が促されるという面もあるでしょう。


 しかし、島の規模、収容力と、ツーリズムの規模、収益のバランスについては十分な配慮と検討が必要であり、それについて考える際に単に数字の上での物理的収容力だけを考えるのではなく、そこに住んで生活している人たちの心理的な余裕の範囲についても考える必要があると思います。


 エコツーリズムに限ったことではありませんが、サスティナビリティを測る指標は「自然環境」「コミュニティ」「経営」という三つの要素からなっており、その全てがサスティナブルでない限り、物事は長くは続きません。そういうふうに考えると、安易にエコツーリズムという特殊なものを過剰な期待と共に持ち出してくる前に、それぞれの地域においてこれら三つの要素を維持していくためにはどんなあり方が良いのかを考える必要があるように思います。


 エコロジストを自称する人の中には自分だけが特権的で特殊なライフスタイルを獲得した上で、町や村で普通に生きるしかない人たちを平気で批判する人もいますが、今求められているのは日々の暮らしと直結した、もっと普遍性のある解決策だと思います。観念的なエコロジー思想と情緒的な自然賛美が交錯する現代ですが、現実の社会を見据えながら少しでも良い方向に歩んでいくことは重要なことです。


 実際のところ、自然の恵みを直接的に得て生計を立てている人たちや、自然が好きだと言ってアウトドアでのレジャーやスポーツ、修養活動などに精を出している人たちの中にも、「自然派」を名乗る割にはこうしたことについて無頓着な人がいますし、むしろ堂々と自然にダメージを与えている場合もあります。逆にしばしば目の敵にされるグローバル企業や大企業の方が、環境問題についてリスクマネージメントの観点からだけではなく、価値創造という観点から繊細かつ現実的に対応しているケースもあるでしょう。ですから、偏見を取り払って冷静に考えることは重要なのです。


 話が少しあちらこちらに分散し過ぎたようなきらいもありますが、最後に付け加えておくならば、僕は「島のエコツーリズム」を成功させるためにカギを握るのは「人」だと思っています。


 従来型のマスツーリズムに参加する観光客は旅行を「休息」「遊び」の場として捉えていましたが、エコツーリズムの参加者はむしろそれを「交流」と「学び」の場として捉えていますので、エコツーリズムの運営者にとってはより深い理解と関係を求めて来るリピーターの確保こそが重要な課題となります。しかし、リピーターになりうる人を呼び寄せるのは、美しい自然なのではなく、実はその自然を深く愛しながらも日々それと格闘し、調和して暮らしている魅力的な「人」なのです。


 ですから、エコツーリズムの運営に不可欠なプロを現地で採用・育成することは、単に現地に経済還元するというだけではなく、より本質的な部分、すなわちツーリズムの成否を問う部分において不可欠なことだと思うのです。


 ※関連記事
 拓海広志『島のエコツーリズム』

 「琉球新報記事(2002年10月28日)」


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