拓海広志「キラキラ料理帖(7)」

 ここでは僕がかつてインドネシアの友人のお母さんたちから教わったインドネシア料理のレシピを、ちょっとしたエピソードを交えながらご紹介したいと思います。ただし、材料やスパイスの分量を明記していないのは、キラキラ(about)料理帖ならではのことと、お許しください(^^;;)。


   *   *   *   *   *   *   *


※「ブブル・アヤム」

 ブブル・アヤム(bubur ayam)は文字通り「鶏がらのスープで作ったお粥」なのですが、お酒を飲んだ翌朝の朝食にはもってこいで、普通のお粥よりも栄養がある上に美味しいので、お勧めのメニューであります。

 僕はバリへ行くとしばしばサヌール海岸の友人宅(ニュージーランド出身のグラフィック・デザイナー)に居候になるのですが、かつてその友人の家族と一緒にパダンバイまでドライブした際に立ち寄ったワルン(屋台店)で食べたブブル・アヤムが格別に旨く、今でも思い出の味となっています。

1)米(beras)を少し多目の水で炊く(普通の粥を作る要領)。

2)炊きあがる前に少し塩(garam)を落とす。

3)骨(tulan)付きの鶏(ayam)の肉を茹でてだしがらを作り、それを鍋に注ぐ。

4)セロリ(seledri)とメンマ(tongcai)を細かく刻む。

5)赤タマネギ(bawang merah)をスライスし、油で揚げる。

6)炊きあがったお粥(bubur)に生卵を落としておじやにし、それに上記の(4)と(5)を掛けて食べる。好みに応じてケチャップ・マニス(kecap manis)もしくはケチャップ・アシン(kecap asin)を掛ければよい。

7)ワルンで食べるブブル・アヤムには、揚げた落花生(kacang tanah)が入っていることが多い。


   *   *   *   *   *   *   *


※「クパラ・イカン・マサク・パンゲ」

 クパラ(kepala)は頭、イカン(ikan)は魚、つまりクパラ・イカンとは魚の頭のことなのですが、今回ご紹介するクパラ・イカン・マサク・パンゲは西スマトラの沿岸部で人気のある料理です(「masak」は「熟した」「煮る」、「memasak」は「料理する」、「masakan」は「料理」、「pemasak」は「料理人」を意味する語。ちなみに、マサク・パンゲ(masak pangek)はそれほど辛くないスープのことであり、辛いスープのことはマサク・ぺダス(masak pedas)と称します)。

 パダンを中心とする西スマトラ地方にはミナンカバウ人が住んでいるのですが、ミナンカバウ人は世界最大の母系集団でありながら、父系思想を持つイスラムに強く帰依する民族であり、インドネシア全体が急速に近代化を進める中で様々な矛盾に直面しているようです。ミナンカバウ人は商才があることでも知られていますが、彼らはインドネシア国内はもとより、東南アジア各地やアラブ世界にまで拡散しており、それに伴ってパダン料理も各地に拡がっています。

1)フエダイ(kakap merah)の頭を縦に割り、うろこを落とした後、塩と酢でもみ洗いする。それに塩をまぶして鍋に入れる。

2)生姜(jahe)、ターメリック(kunyit)、ククイノキ(kemiri)の実、赤タマネギ(bawang merah)、ニンニク(bawang putih)、クトゥンバ(ketumbar:コリアンダーの種)、赤唐辛子(cabe merah keriting)をチョベックですりつぶし、それにラン・クアス(lang kuas)、ターメリックの葉、オレンジの葉、セライ(serai:レモングラス)、また一片のアサム・カンディス(asam kandis)を加える。

3)上記(2)で作った調味料を上記(1)のフエダイにまぶすようにしながら、しばらく加熱する(鍋に水は加えない)。

4)ココ椰子の胚乳を削ったもの(kelapa parut)に水を含ませて、その搾り汁を作り(santan:ココナッツミルク)、それを鍋に注いで、フエダイを煮込む。

 このクパラ・イカン・マサク・パンゲは香辛料をたっぷり使うことで知られるパダン料理の中でも、特に多様な香辛料を混ぜ合わせて味付けすることで知られる高級料理です。この料理に使う香辛料を上手に調合できるようになれば大したものでしょう。

 ちなみに、僕はパダンからブキティンギ、マニンジョウ湖をまわり、ティク、パリアマンを通って海岸沿いにパダンまで戻ってくるという旅をしたことがあるのですが、その際にパリアマンで見つけた「Kedai Nasi Pauh」という食堂で食べたパダン料理は非常に美味しく、特にクパラ・イカンの味は感動的でした。


   *   *   *   *   *   *   *


※「グライ・オタック」

 脳味噌の料理は理屈抜きに旨い! 僕はこれまでに牛、山羊、羊、豚、猪、鹿、猿、鶏、鳩、鯨、蛇などの脳味噌を食べてきましたが、どれも基本的な味や食感は共通していることに妙に感動したものです。

 インドネシアの市場(pasar)やスーパーで普通に手に入るのは牛の脳味噌なのですが、市場だと頭蓋骨から取り出したばかりの新鮮なものを安く入手することができます。もっとも、その場合は脳を覆う薄皮を削ぎ落とすのが結構手間なので、少し値段は高くても薄皮をはがし、水洗いした後に売っているスーパーで買う方が調理は楽でしょう。今回はパダン料理屋の定番メニューであるグライ・オタック(gulai otak)をご紹介します。

1)牛(sapi)の脳味噌(otak)の薄皮を削ぎ落とし、塩と酢でよくもみ洗いする。それに塩をまぶし、しばらくの間置いておく。

2)生姜(jahe)、ターメリック(kunyit)、赤タマネギ、大赤唐辛子に少量の塩を加えながらチョベック(cobek)ですりつぶし、それにターメリックの葉、オレンジの葉、セライ(serai:レモングラス)、一片のアサム・カンディス(asam kandis)、マンコカンの葉(daun mangkokan)を加える。

3)ココ椰子の胚乳を削ったもの(kelapa parut)に水を含ませて搾り汁(santan)を作って鍋に注ぎ、それに上記(2)の調味料を加えて加熱する。

4)このスープが煮立ってきたら、適当な大きさに切った牛の脳味噌を鍋に入れて煮込む。


   *   *   *   *   *   *   *


※「イカン・パンガンとサンバル・チョロチョロ」

 インドネシアのマルクは香料諸島とも言われ、数多くの香料を産してきたことで知られていますが、香料を使った食文化が洗練されたのはインド、中国であり、スマトラのパダン料理やアチェ料理が香料をたっぷり使うのは、そうした食文化がマレー半島を経てスマトラに伝わってきたためです。

 スマトラを除くと、ミナハサの料理、特にマナドの料理が香料をよく使うくらいで、それ以外のインドネシアの料理はそれほどたくさんの香料を使うわけではありません。特に香料の産地であるマルクの料理に至っては非常にシンプルなもので、香料を使った食文化はあまり見られません。

 今回ご紹介するのはスラウェシで日常的に食べられているイカン・パンガン(ikan pangang)と、マナドでよく使われる調味料のサンバル・チョロチョロ(sambal colo colo)ですが、こういうシンプルな料理は日本人の口に合うのではないかと思います。

1)カンパチ(ikan kue)の内臓を取り除き、塩と酢でもみ洗いする。

2)カンパチを二枚に開き、炭火で炙る(パンガン(pangang)とは「焼く」「炙る」という意味)。

3)鷹の爪(cabe rawit hijau)、大赤唐辛子(cabe merah besar)、赤タマネギ(bawang merah)、トマト(tomat)をスライスし、それにニピス・オレンジ(jeruk nipis)とサンバル・オレンジ(jeruk sambal)の搾り汁を加えると、サンバル・チョロチョロの出来上がり。

4)焼き上がったカンパチにサンバル・チョロチョロを付けて食べる。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


Link to AMAZON『炒飯の本』