拓海広志「キラキラ料理帖(3)」

 ここでは僕がかつてインドネシアの友人のお母さんたちから教わったインドネシア料理のレシピを、ちょっとしたエピソードを交えながらご紹介したいと思います。ただし、材料やスパイスの分量を明記していないのは、キラキラ(about)料理帖ならではのことと、お許しください(^^;;)。


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※「グライ・チュミ」

 グライ(gulai)というのはマレー半島スマトラ島におけるカレー料理のことですが、甘さと辛さがうまく調和したグライに出会ったら、大いに食欲がそそられます。グライには入れる具によって様々な種類がありますが、今回はイカ(cumi)を使ったパダン風のグライ料理を紹介してみます。

 ちなみにパダンは世界最大の母系社会を形成するミナンカバウ人たちの住む町なのですが、彼らは料理が上手で商才があることで知られています。当然、男が家を継ぐことはなく、男たちは旅を通じて自らを磨き、金を貯めてから結婚相手を探すという意識があるために、インドネシア各地はもとより、東南アジア、中近東にまでパダン料理の店は見られます。

1)イカ(cumi)の足と胴体を別々にして内臓を取り除き、酢(cuka)、塩(garam)でもみ洗いした後、水で洗い流す。

 インドネシアではイカはよく食べられますが、タコ(gurita)は滅多に食べられません。

2)イカの胴体は輪切りにし、足は適当な大きさに切った後、油を使わずにテフロン鍋で炒め、いったんボールに上げる。

3)赤タマネギ(bawang merah)に塩を加えながらチョベックですりつぶした後、少量のトゥラシ(terasi)、赤唐辛子のソース、月桂樹の葉を加えながら油で炒める。

4)ココ椰子の胚乳を削ったもの(kelapa parut)に水を含ませて搾り汁(santan:ココナッツミルク)を作り、それを上記(3)のフライパン(wajang)にたっぷりと注ぐ。

5)それに砂糖、塩を加えて味の調整をしながら煮付めて出来上がり。なお、こうした濃厚なスープのことをクア・ケンタル(kuah kental)という。

 クア・ケンタルのクア(kuah)とは「汁」、ケンタル(kental)は「濃厚な」という意味です。

 余談になりますが、インドネシア語では甘い=manis、塩辛い=asin、辛い(芥子の)=pedas、酸っぱい=asam、苦い=pahitと表現します。しかし、pahitという語には「まずい」という含意もあるので、例えばエンピン(emping)などの苦みについては「manis」と表現します。それが苦みの奥に潜む旨み(甘み)を見抜いての表現であるとすれば素晴らしいのですが、どうでしょうか?


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※「グライ・ダウン・パキス」

 前回、イカ(cumi)を使ったグライ(マレー風のカレー料理)をパダン料理としてご紹介したところ、インドネシア通の庵原哲郎さんより元来ミナンカバウ人は鱗のない魚は食べないので、最近のパダン料理屋のメニューに入っている「グライ・チュミ」は華人が今風にアレンジしたものではないかとのアドバイスをいただきました。こうして、読者の方々からご意見やご感想をいただくことが出来ると、また励みにもなってくるので、実にありがたいです。

 では、今回はグライ料理の第二弾として、ゼンマイの葉(daun pakis)を使った料理を紹介してみます。

1)まだ若いゼンマイ(pakis)の茎(batang)を縦に割る。

2)成長したゼンマイの葉(daun)のみを茎からもぎ取って用意する。

3)上記の(1)と(2)を鍋で茹で(鍋に塩をひとつまみ落とすこと)、いったん笊に上げる。

4)サンタン(santan:ココナッツミルク)を作る。

5)赤タマネギと種を取り除いた赤唐辛子を塩を加えながらチョベックですりつぶしてからフライパンに移し、それにトゥラシ(terasi)も加えながら、多目の油で炒める。

6)そこに上記(3)のゼンマイの茎と葉を加え、(4)のサンタンもたっぷりと注ぐ(フライパンを加熱したまま)。

7)それに砂糖と塩を加えて味の確認をしながら煮込む。

8)ゼンマイの茎と葉が柔らかくなる程度まで煮込めばできあがり。

 前回紹介したグライ・チュミとほぼ同じ材料を使った料理なのですが、グライ・チュミが汁を煮詰めながら仕上げるのに対して、グライ・ダウン・パキスの場合はさらっとした状態のスープがたっぷり残っているようにしなければなりません。つまり、グライ・ダウン・パキスのスープはクア・ケンタル(kuah kental:濃厚なスープ)になってはいけないので、煮詰め過ぎに注意する必要があります。

 グライはインドのカレーよりもシンプルで、あっさりとした辛みと甘みが調和した食べやすい料理なのですが、僕はオクラ(koni)を使ったグライや、山羊肉を使ったグライ(これは定番料理)が特に好きです。


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※「トゥルール・バラドとイカン・バラド」

 一口にインドネシア料理と言いますが、実際は250もの民族が住む広大なインドネシアだけに、その食のバリエーションも意外に幅が広いです。今回は西スマトラ地方の方言で「辛い(pedas)」を意味するバラド料理を少し紹介してみよます。まずは、パダン料理の定番メニューであるトゥルール・バラドです。

1)卵(telur)を茹でる。茹で上がったら皮をむき、油で軽く揚げる。

2)種を取り除いた赤唐辛子(cabe merah keriting)と赤タマネギに塩を加え、チョベックですりつぶす。

3)上記の(2)をフライパンに入れ、トゥラシ(terasi)、砂糖、塩を加えながら油で炒める。

4)上記(1)の卵を丸ごとフライパンに入れ、ソースをまぶすようにしながら軽く炒めてできあがり。

 次に卵ではなく、魚(ikan)を使ったイカン・バラドをご紹介しましょう。この料理にはイカン・ゴレン・チャべ(ikan goreng cabe)という別名もありますが、よく使われる魚はグルクマ(ikan kembung)、アジ(ikan selar)などです。

1)グルクマ(ikan kembung)の内臓を取り除き、塩と酢でもみ洗いする。洗い終わったら、水気を取って、油で揚げる。

2)種を取り除いた赤唐辛子(cabe merah keriting)と赤タマネギに塩を加え、チョベックですりつぶす(ただし、あまり細かく潰さぬようにすること)。

3)上記の(2)をフライパンに入れ、トゥラシ(terasi)、砂糖、塩を加えながら油で炒める。

4)上記(1)のグルクマを丸ごとフライパンに入れ、ソースをまぶすようにしながら軽く炒めてできあがり。

 インドネシアでよく見られる漁法にはパヤン(payang:船曳網)、日本の柴漬漁法に相当するルンポン(lumpon:インドネシアではバナナの葉を使う)、ブギス人が広めたバガン(bagan:敷網)などがあり、沿岸の敷設漁具としてはジュルマル(jermal:袋待網)、セロ(sero:魚柵)、小型籠のブブ(bubu:筌)などがあります。ジャカルタの沖に出るとプラウ・セリブ(purau seribu)と呼ばれる島々が浮かんでいるのですが、ここへ行くと糸満流の追込網漁(数名で網を持って泳ぎながら魚を追い込んでいく漁)が見られますし、漂海民のバジャウは潜り漁も行います。

 インドネシアの旅では、こうした漁の様子を見ながら浜を歩いた後、市場に出かけて、それらの魚がどのように売られているのかを眺め、そこで気に入った魚を何匹か買ったら、それをロスメン(losmen:民宿)に持ち帰り、宿の親父さんや女将さんに教えてもらいながら料理して、皆で食べるのが何よりも楽しいです。僕はそんなことばかりしながらインドネシア各地を巡ってきましたが、色々見てきた市場の中で一番楽しかったのはマナド(Manado)の魚市場で、ここは一見の価値ありです。


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※「サンバル・ゴレン・ハティ」

 その昔、僕は「内臓愛好会」なる怪しげな会を作って活動していたことがあります。ある人が「ストレスや飲み過ぎに注意しようという啓蒙運動を行う会ですか?」という良心的な問い掛けをしてくれましたが、僕がそんな運動をする筈などなく、同会の趣旨は「世界各地の臓物料理を食べることにより、それを食する人々の肉食・魚食文化について語り合おう」というものでした。

 関西では臓物料理のことをホルモン料理と呼ぶのですが、その語源は関西弁の「ほるもん(放るもん)=捨てるもの」からきているという説があります(正しいところはわかりません)。僕は典型的な魚食派で、普段から肉料理はあまり食べないのですが、ホルモンの焼き肉や鍋料理となると俄然食欲が湧いてくるから不思議です。臓物料理には、捨てるしかなかったものを立派な食材に変えてきた先人の知恵が詰まっているから旨いのでしょう。

 勿論、臓物を使った料理は世界各地にあり、特にフランス料理と中華料理のメニューの中から臓物料理を探すとなると、恐らく数え切れないほどのものが出てくるでしょう。インドネシアでも臓物料理は色々とあるのですが、今回は牛の肝臓を使った有名な料理「サンバル・ゴレン・ハティ」をご紹介しようと思います。

1)牛(sapi)の肝臓(hati)を適当な大きさに切ってから水で洗い、油を使わずに軽く炒める(表面を炙る程度)。炒めた後、細かく切る。

 インドネシア語では心臓=hati、肝臓=hati、limpa、腸=usus、鶏の砂肝=ampeaと呼ぶため、心臓と肝臓がしばしば混同されるのですが、ここで使うのは肝臓の方です。

2)サンタン(santan:ココナッツミルク)を作る。

3)ペテ(pete)の実を袋から取り出して水洗いし、半分に切る。

4)種を取り除いた赤唐辛子と赤タマネギに塩を混ぜ、チョベックですりつぶす(赤唐辛子はやや少な目にする)。それにトゥラシ(terasi)、砂糖、塩を加えながら多目の油で炒める。

5)そこにペテを加えて炒め、月桂樹(salam)の葉(daun)を加えた後、(1)で用意した牛の肝臓を放り込み、一緒に炒める。

6)そこに上記(2)のサンタンを注ぎ、砂糖、塩を加えながら、クア・ケンタル(濃厚なスープ)の状態になるまで煮込む。

7)赤唐辛子の種を取り除いてから細かくスライスし、上記(6)がかなり煮えてきた段階で放り込む。

8)月桂樹の葉を取り除いて出来上がり。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


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