拓海広志「キラキラ料理帖(2)」

 ここでは僕がかつてインドネシアの友人のお母さんたちから教わったインドネシア料理のレシピを、ちょっとしたエピソードを交えながらご紹介したいと思います。ただし、材料やスパイスの分量を明記していないのは、キラキラ(about)料理帖ならではのことと、お許しください(^^;;)。


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※「サユール・アサム」

 スンダの料理で一番美味しいものをあげろと言われると、僕はまずサユール・アサム(sayur asam)のことが頭に浮かぶのですが、バンドン郊外の村のワルン(屋台店)でペテ(pete)の実の炭火焼きをつまみにビンタン・ビールのオンザロックを飲み、ナマズ(lele)の唐揚げとサユール・アサムをご飯と一緒にかっこめば至福の一時が訪れるのは必定です。

1)トウモロコシ(jagung)、ブリンジョ(belinjo)の実、チェンぺダック(cempedak:ナンカの一種)の実、茶色の外皮を落としたタマリンド(asam)の実、落花生(kacang tanah)を一緒に茹でる。茹でているうちにタマリンドの皮がはがれてきたら皮を捨てる。アサム(asam)とはタマリンドのことですが、同時に「酸っぱい」という意味もあります。アサムはジャカルタの方言ではアセムasem)となるのですが、僕がかつてジャカルタに住んでいた時の家の前の通りの名前はアセム・ドゥア通り(jalan asem dua)でした。ちなみに、その地区は南チペテ(cipete selatan)に属するのですが、チペテという地名は臭みのある大きな実がなることで知られるペテ(pete)から来ています。かつてはタマリンドやペテの木が生い茂っていたのでしょうか?

2)月桂樹(salam)の葉、よく洗ったラブ・シアム(labu siam:とうなす)の葉を加えて、さらに茹でる。その際、鍋(panci)に少し塩を落とす。

3)種を取り除いた赤唐辛子と赤タマネギに塩とトゥラシ(terasi)を加えながら、チョベック(cobek)ですりつぶす。

4)上記の(3)も鍋に加えて、さらに茹でる。

5)ラブ・シアムの葉が茹で上がった頃を見計らって、ブリンジョの葉、ナガササゲ(kacang panjang)、砂糖を加えてさらに茹でる。

6)アサム・ジャワ(asam jawa:タマリンドの実の塩漬けをペースト状にしたもの)を加えてさらに風味をつける。

 インドネシアでは果実のなる木には霊が宿りやすいとよく言われるのですが、タマリンドやペテの木についてもそんな話をよく耳にします。


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※「ぺぺス・タフとピサン・ゴレン」

 インドネシアには魚や肉などを調味料と共にバナナの葉で包んで蒸し焼きにした料理がありますが、こうした料理のことをぺぺス(pepes)と呼びます。今回は豆腐(tahu)をバナナの葉で包み蒸す料理「ぺぺス・タフ」をご紹介しましょう。

1)豆腐(tahu putih cina)を細かく砕き、それにクマンギ(kemangi)の葉(daun)を混ぜ合わせる。クマンギとはインドネシア料理でよく使われる香菜。生のまま食べると苦みが強いが毒消しの効果が期待できます。

2)種を取り除いた赤唐辛子、赤タマネギ、ニンニク(bawang putih)に塩(garam)を加え、チョベックですりつぶす。

3)上記の(2)にターメリック(kunyit)とククイノキ(kemiri)の実の搾り汁、少量の砂糖を加える。インドネシアではターメリックのことをサフランと呼ぶ人も多いので混乱しますが、言うまでもなく両者は全く異なるものです。

4)バナナ(pisang)の葉(daun)を適当な大きさに切ってよく洗う。

5)トマト(tomat)をスライスする。

6)上記の(1)と(5)を混ぜ合わせ、さらに(3)のソースを加えて混ぜる。

7)それをバナナの葉に包み、葉が変色するまで蒸す(約10〜15分)。

8)蒸し上がったら、今度はそれを網にのせて火で少し炙る。インドネシア語では、魚を焼くときの「焼く」は「bakar」と言いますが、「炙る」は「panggang」と表現します。

 インドネシアの市場に行くとバナナばかりを売っているバナナ屋があるのですが、そこで売られているバナナの種類は実に多彩です。僕が好きなバナナ料理は、バナナを油で揚げたピサン・ゴレン(pisang goreng)と、まだ熟していないバナナをココナッツ・ミルクで煮込んだものにかき氷と練乳を掛けたお菓子エス・ピサン・イジョ(es pisang ijo)なのですが、ここではピサン・ゴレンの作り方を紹介しましょう。

1)よく熟したウリ・バナナ(pisang uli)を縦に割る。

2)ライス・フラワー(tepung beras)と小麦粉(tepung terigu)を混ぜ合わせたものに卵黄(kuning telur)と砂糖、水を加えてかき混ぜる。風味を出すためにバニラ・パウダーを加えてもよい。

3)上記の(1)に(2)をまぶして油で揚げる。

 前回幽霊のことを書きましたが、幽霊はそこにいる誰もがその存在を疑いなく信じているところには、ちゃんと姿を現すようです。インドネシアには様々な「モノ」にまつわる霊の話が多いのですが、それらを通じて人と自然とモノの関係性を見出すことができるのではないでしょうか?


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※「ナシ・ゴレン・イカン・アシン」

 インドネシア語を初めて学ぶ際に、「ご飯は無し(ナシ:nasi)、魚はいかん(イカン:ikan)、お菓子は食え(クエ:kue)」などと冗談を言いながら覚えた人は少なくないでしょう。ちなみに、ゴレン(goreng)は油で揚げたり炒めたりすることなので、ナシ・ゴレンというのは炒飯のことなのですが、今回はイカン・アシン(塩漬けの魚:ikan asin)入りナシ・ゴレンの作り方を紹介してみます。

1)米(beras)を少し固めに炊く。インドネシア語で稲はパディ(padi)、米はブラス(beras)、炊き上がったご飯はナシ(nasi)。インドネシアの米は亜種インディカのチェレ(cere)とサブ・ジャポニカのブル(buru)、ジャバニカの三種に大別されますが、近年の品種改良がチェレを中心に行われたため、それが主流となってきています。また、IRRA(国際稲研究所)の研究によると、米の澱粉中に占めるアミロースの比率が炊いたご飯の粘り気を左右するそうです。それが10〜18%と低い米は柔らかくて粘り気のある炊き上がりとなり、日本、韓国、台湾、中国などで好まれます。逆に25〜30%と高い場合は硬くてパラついた仕上がりとなり、インドやパキスタンスリランカで好まれます。インドネシアや欧米の人々はその中間のものを好みますが、ラオスではアミロース比率が僅か2%と極端に少ない糯米が好まれています。

2)イカン・アシンをぶつ切りにして水洗いし、油で揚げる。揚げ終わったら、細かく砕く。

3)ニンニク(bawang putih)と赤タマネギ(bawang merah)に塩をまぶしながらチョベックですりつぶして混ぜ合わせ、多目の油で炒める。それに細かく砕いたイカン・アシンを加えてさらに炒める。なお、ナシ・ゴレンにイカン・アシンを入れない場合は、トゥラシ(エビ醤)を加えて炒めると、素敵な隠し味になります。

4)そこにご飯(nasi putih)を加えてさらに炒める。

5)胡椒(lada)とケチャップ・マニス(kecap manis)、塩(garam)を振り掛けてできあがり。ケチャップ・マニスとはサトウ椰子から作った黒砂糖を同量の湯で溶かしてシロップ状にし、その三分の二くらいの量の醤油を加え、さらにコリアンダーの粉末や胡椒、生姜(jahe)などを少量加えたインドネシア特有の甘口醤油のことです。

6)ナシ・ゴレンの上に目玉焼きとクルプック(krupuk)を乗せると、何故か「ナシ・ゴレン・スペシャル」と呼ばれます。

 インドネシアではどこで食べてもナシ・ゴレンは大抵美味しいのですが、僕が特に推薦するのは西ジャワのプラブハン・ラトゥ(ニャイ・ロロ・キドゥル伝説で知られる港町)にある「Sederhana」という食堂のものです。また、プラブハン・ラトゥには錦鯉を養殖し、日本向けに輸出している人がいるのですが、彼が経営している「Padi Padi」というレストランで食べるペテ(pete)入りのナシ・ゴレンもうまかったです。


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※「ソト・アヤム・ブニン」

 ソト(soto)とはインドネシアのスープのことで、マドゥラ地方に伝わるソト・マドゥラ(牛の臓物入りスープ)など、各地に美味しいソトがあるのですが、人々が普通にソトと言う時はこのソト・アヤム・ブニンのことを指します。ちなみにアヤム(ayam)とは鶏肉のことですが、ブニン(bening)とは「澄んだ」「透明な」という意味なので、ソト・アヤム・ブニンはスープが澄んでいなければなりません。

 他方、ソト・バタウィ(soto betawi)と呼ばれるソトはサンタン(ココナッツ・ミルク)を使った「濁ったスープ」の代表なのですが、Betawiというのはインドネシアの首都ジャカルタの旧称であるBataviaがなまったものです。僕の推測ではジャカルタっ子たちが「濁ったスープ」であるソト・バタウィを生み出したたため、それとの区別を明確にするために、従来からあったソト・アヤムにあえてブニンなる語を付け加えるようになったのではないかと思うのですが、どうでしょう?

1)卵(telur)とジャガイモ(kentang)を茹で、茹で上がった卵は輪切りにする。ジャガイモは皮をむいてから油で揚げ、手頃な大きさに切る。

2)ニワトリ(ayam)のささみを塩と酢(cuka)でもみ洗いした後、水で洗い流し、鍋に移して茹で上げる(だしを取るのが目的)。

3)沸騰した湯にソウン(soun)を入れて軽く茹で上げ、いったん笊に上げる。

4)赤タマネギ、ニンニクに塩をまぶしながらチョベックですりつぶす。それにターメリック(kunyt)とキャンドル・ナッツ(ククイノ木(kemiri)の実)の粉末を加え、多目の油で炒める。

5)それに上記(2)の煮汁を全部移し、レモングラス(serai)、砂糖、塩を加えてスープを完成させる。レモングラスは外見上はススキと似ていますが、葉を折るとレモンに似た香りが立ち上がってくるため、この名がつけられています。主成分はシトラールで、その他にシトロネラール、ゲラニオールなど香水の原料となる成分が含まれており、料理の味付け、香り付け以外に、虫除けにも使われ、東南アジア各地で珍重されています。

6)エンピン(emping:ブリンジョ(belinjo)の実から作った煎餅)を油で揚げる。

7)もやし(tauge)を茹でる。

8)上記(2)で茹で上げたささみを細かくちぎる。

9)生トマトをスライスし、セロリ(seledri)の葉を細かく刻む。

10)上記(5)のスープに(3)(6)(7)(8)(9)を入れ、ライム(jeruk nipis)の汁を搾れば出来上がり。

 ソトは西洋や中国のスープのように、スープだけで飲むのではなく、ご飯に掛けて食べるのが一般的です。


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