拓海広志「石貨交易航海の再現(1)」
1999年に新西宮ヨットハーバー内のシャイニー・ホールにおいて開催されたイベント(主催:アルバトロス・クラブ)において、僕は「ヤップ〜パラオ間の石貨航海プロジェクト」の話をさせていただきました。
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こんにちは。今日は朝から靄がかかっていまして、どんなもんかなと思っていたのですが、少し晴れ間が見えてきたようですね。実は瀬戸内海というのは非常に靄がかかりやすい海です。僕が生まれ育った舞子は明石海峡を望む小さな町なんですが、その辺りにも朝霧とか霞ヶ丘などといった地名のところがあります。そうした地元民の感覚で言いますと、今日も午後からはスカッとした天気になると思います。
さて、極私的な話から始まって申し訳ありませんが、僕は子供の頃からどうしても船乗りになりたかったもので、大学は商船大学の航海科に入り、そこで一生懸命に海や船の勉強をしていたんですね。勿論、一生懸命というのは嘘でして(笑)、暇を見つけては日本と世界の各地をうろうろしていたというのが実情なんですが、延べ一年間に及ぶ乗船実習だけは真剣に取り組みました。
航海科の学生は、卒業航海として日本丸ないしは海王丸という帆船に半年間乗り込むのですが、僕の場合は日本丸に乗る機会を得ました。そう言えば、この後のパネル・ディスカッションでパネラー役を務めてくださる大森洋子さん(翻訳家)も日本丸で体験航海をされたことがおありですね。
日本丸は約3千トンの大型近代帆船なのですが、それでも神戸からサンフランシスコまで風任せで35日ほどかけて行くわけです。これは非常に面白い体験だったのですが、当然のことながらこうした近代帆船でもそれなりに苦労をして海を渡っていくわけですね。僕はこの日本丸での航海の最中に様々なインスピレーションを得ることができたのですが、今自分がやっていることの原点というのはそこにありそうな気がします。
そうした中でも一番大きなインスピレーションだったのは、日本丸のような近代帆船を使っても1月以上もかけて苦労しながら海を渡るというのに、太平洋の島々に人々が移民拡散したのはそうした近代帆船が生み出されるよりも遙かに古い時代のことだったということについてです。モンゴロイドの拡散は何万年も前から始まったと言われていますが、太平洋の島々に人々が渡ったのは数千年前からのことなのですね。
僕たちが商船大学で教わる航海術は、当然のことながら近代航海術です。現在の航海者はヨットマンなんかも含めて、GPSのように非常に精度が高く、便利なものを使って自船の位置を割り出すのですが、日本丸の上では大航海時代と同じように羅針盤や六分儀を使った天測によって自船の位置をつかみます。しかし、そうした航海計器のなかった時代の人々はどうやって大海を渡ったのでしょうか? その問題意識が僕の出発点でした。
僕には、古代の航海者たちが単なる行き当たりばったりだけで太平洋を渡ったとは、ちょっと思えません。彼らはあれだけ広大な海にきちんと移民拡散しており、その際に様々な食べ物や、犬とか豚などの家畜も運んでいます。つまり、彼らはかなり計画的に移住したと思われる節があるのです。また、彼らの子孫が島々で繁栄しているということは、選りすぐられた屈強な男たちだけが海を渡ったのではなく、家族単位で渡海したわけで、やはり彼らには何らかの確信があった筈だと思うのですね。
さて、こういう風に想像が膨らんでくると、こうした航海を可能にした技術とはどんなものだったのかという話になってきます。ある技術が生まれてくる前提には、自然をどのように解釈し、捉えるかといった「知の体系」みたいなものが必要だと思うのですが、古代人の造船・航海技術の背景にあったであろう「知の体系」こそが、徐々に僕にとっての最大の関心事になってきました。
こうしたことを神秘主義的に語ろうと思えばいくらでも語れるのでしょうし、もっともらしい物語も作れるでしょう。しかし、それよりも彼らの「知の体系」を科学として捉え、それを近代科学とはパラダイムが異なるものの、現代に生きる僕たちの身体知とも何らかのつながりを持つものとして捉え直す方が面白そうです。
その後、僕はミクロネシアのヤップという島に通うようになったのですが、それは古代の航海術の片鱗がヤップの離島、−−後で恐らく森拓也さん(エビとカニの水族館・館長)や長嶋俊介さん(鹿児島大学教授)のお話に出てくると思うんですが−−、中央カロリンの島々に残っていたからです。
※参考記事
拓海広志「イメージの力で海を渡る」
拓海広志「渡海−人は何故海を渡るのか?」
(無断での転載・引用はご遠慮ください)
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