拓海広志「インドネシアの食のはなし」

 6年ほど前に僕はシンガポールのラジオ番組に4話連続で出演させていただいたことがあるのですが、そのときに収録された四方山話の内容をここに再現・紹介させていただきます。


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志田和子:皆さん、おはようございます。今朝も島の旅人・拓海広志さんにお越しいただいています。拓海さん、おはようございます。


拓海広志:おはようございます。


志田:拓海さんはジャカルタに住まわれていたときにインドネシア料理に凝っておられたとか?


拓海:ええ(笑)。インドネシア各地の料理を食べ歩いたり、地元の主婦に教わりながら自分でもいろいろ作っていました。


志田:料理がお好きなんですか?


拓海:ハイ。私は食べることに大変興味がありまして、世界や日本の各地を旅すると必ず地元の料理を食したり、食材を仕入れてきて自分でも料理にトライしたりするんです。食文化というのは、人間が自分の住んでいる場所の自然とどのような関係を結んでいるのかということを示す重要なものなので、単なるグルメ的な好奇心からではなく、食をとらえていきたいと思っています。


拓海:つまり、どのような食材をどのように得るのか、あるいは作るのか、また、それをどのように加工、調理するのか、そしてどのように食したり、流通させるのか。それらを見ていくことによって人々の自然との付き合い方、文化が見えてくるように思うのです。


志田:その点で言うと、シンガポールインドネシアでは違いがありますか?


拓海:非常に大きな違いがありますね。シンガポールは食材の大半を輸入に頼っていますし、ここで日常的に食される料理も非常にインターナショナルでバラエティに富んでいますよね。ですが、インドネシアの場合は、ジャカルタのような大都会を除くと、基本的にその土地で得られた食材を使い、その土地のやり方で調理がなされています。


志田:大航海時代にはヨーロッパの列強が香辛料を求めて東南アジアやインドに押しかけ、戦争さえも起こしたと聞いていますが、香辛料ってそれほど魅力があったのですか?


拓海:ヨーロッパは土地が貧しくて農作物がそれほど取れないところですが、その食文化は肉食が主体ですよね。彼らにとって香辛料は肉の保存のためにも、味付けのためにも不可欠なものだったと思います。


拓海:ヨーロッパの食文化は香辛料のおかげで豊かなものになりましたが、それ故に香辛料を扱うということは大きな富をもたらすことでもあったのでしょうね。それに香辛料の多くは一度食べると病みつきになってしまうというか、それなしではいられなくなりますよね(笑)。


志田:なるほど(笑)。ところで、東南アジアにおける香辛料の産地はどこだったのですか?


拓海:東インドネシアのマルク諸島ですね。当時はスパイス・アイランド、つまり香料諸島とも呼ばれていました。ナツメグや丁子をはじめとする香辛料の一大産地です。


志田:そのエリアでだけ香辛料がたくさん取れたというのは不思議ですね。


拓海:マルクは昔から中国やインド、そしてイスラム文化圏に向けて香辛料を輸出していたのですが、そこに西欧の列強が乗り込んできたわけですね。でも、面白いことに香辛料の産地であるマルクには、香辛料を使った食の文化はないんですよ。


志田:えっ! どうしてですか?


拓海:ヨーロッパが肉食との関係で香辛料を欲したという話をしましたが、マルクの島々では新鮮な魚はたくさん取れるものの、獣肉はそれほど食べてこなかったと思います。島で豊富に取れる新鮮な魚を食べるのに、香辛料はさほど必要ではなかったんじゃないでしょうか? 


拓海:それに、マルクは基本的に米食圏ではなく、サゴ食圏です。香辛料を使った料理と米の相性は良いと思いますが、サゴとはちょっと合わないんじゃないかなとも思いますね。ですから、インドネシア各地をまわってみても、サゴ食圏において香辛料を使った複雑な料理にお目にかかることはまずないですよ。


志田:なるほど。


拓海:インドネシアで一番香辛料をよく使い、少し複雑だけど、とても美味しい料理を作っているのは西のスマトラですね。特にパダンやアチェの料理はインド、マレー半島の料理との共通性が多いです。


志田:拓海さんが一番美味しいと思ったのは何料理ですか?


拓海:それは難しいですね(笑)。どの料理にもそれぞれの良さがありますから。でも、やはり香辛料を巧みに使ったパダン料理は美味しいと思います。


志田:香辛料と言えばカレーを思いつきますが、日本のカレーとインドのカレーって違いますよね。


拓海:日本がカレー食文化を輸入したのは、インドからではなく、イギリス経由ですね。イギリスのカレーは小麦粉を加えたまろやかなものだったのですが、それを輸入した日本はさらに日本流のアレンジを加えたため、インドのカレーともイギリスのカレーともかなり違ってきてしまったようです。


志田:日本では年輩の方が日本流のカレーにお醤油を落として食べたりしますものね(笑)。


拓海:そうですね。でも、それもいいんじゃないでしょうか? 食文化はその土地によって変化していく方が自然ですから。私はインドの本格的なカレーも大好きですが、日本風のカレーも好きですよ。


志田:そうかも知れませんね。


拓海:同じ食べ物なのに、場所によって作り方や食べ方に違いが生じるというのは、食文化を考える上でとても重要で、興味深い点ですね。


志田:なるほど。今日は拓海広志さんにお話をうかがいました。拓海さん、ありがとうございました。


拓海:ありがとうございました。


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