共同討議「アジア太平洋の海と島(7)」

 1999年の5月に新西宮ヨットハーバーで、『アジア太平洋の海と島』と題するシンポジウムが開催されました(主催:アルバトロス・クラブ)。今回は、その中で行われたパネル・ディスカッション(パネラー:森拓也、長嶋俊介大森洋子、川口祐二さん。司会:拓海広志)の内容を紹介させていただきます。


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※森拓也;

 先ほど長嶋さんがパラオ離島におけるインドネシア漁民の密漁の話を紹介されていたので、少し付け加えさせていただきますと、かつては国境など気にせずに海を越えて人々は行き来し、それによって文化的な交流も日常的に行われていたのに、近代になって国家がその権益を守ろうとすると、国家は国境に対する意識が強くなってくると思うのです。それによって、昔ながらの人の動きが密入国とか密漁といったことになってしまい、逆に人々は法の目をかいくぐるようになっていくのでしょう。

 かつて、某国の漁民がパラオで密漁し、オオシャコガイの貝柱だけを6トンも取って行ったことがありますが、こうした乱獲によってパラオではオオシャコガイが絶滅の危機に瀕しています。現在、パラオ政府はアントニオ猪木が所有しているアントン・アイランドにオオシャコガイを集め、そこを立入禁止区域としているわけですが、こうした例に見られるように、近代国家によって「内と外」の線引きがされたあとの越境には色々と問題があると思います。


※拓海広志;

 シャコガイの貝柱は美味しいですし、あまり移動しないから狙われやすいのでしょうね。


大森洋子

 資源を根こそぎ取ってしまうという話についてですが、原始時代には自分たちの食べる分だけを取るというのが原則でした。その原則が破られ、所有する文化を持つ人々があらわれてからは、自分の食べる分だけを取る人々がずっと追われ続けてきたのが人類の歴史なのだと思います。

 先ほどアイスランドスピッツベルゲン島の話をしましたが、その近くにノルウェー領のベアー島という島があります。そこは無人島で、観測員しかいないのですが、かつては海鳥の宝庫と言われていたところです。最近、その島の海鳥たちが絶滅に近い状況に陥っているのですが、それは日本人が日本市場でシシャモとして売るために海鳥の餌となる小魚を根こそぎ取っていくからだそうです。私は船でベアー島を訪ねたのですが、そこでそんな話を聞かされると、何だか申し訳ない気がしました。


※拓海広志;

 所有する文化を有する人々が、そうでない人々を虐げてきたのが人類史であるというのは、全くその通りだと思います。それは同時に、定着型の人々が移動性向の高い人々を虐げてきた歴史というふうにも言えるでしょうね。


※長嶋俊介

 済州島の話を少ししたいのですが、済州島の海女さんは世界でも指折りの深く潜れるダイバーですね。20メートルくらいは潜れるのでしょうか?


※川口祐二;

そうですね。


※長嶋俊介

 私は済州島漁協の婦人部会長と話をする機会があったのですが、彼女は海女をしながら三人の息子を女手一つで育てあげた方です。彼女によると、済州島の海女さんたちも海の環境保全と資源保護の問題については真剣に考えており、そのために様々な努力や規制の強化を行っているそうで、彼女たちの出稼ぎに伴って日本で発生している乱獲の問題については日韓間でもっと話し合われるべきだと述べていました。ですから、意識はかなり高いのですね。

 済州島の海女さんは昔から日本に大勢来ているのですが、最近では三宅島あたりで日本人と彼女たちとの結婚例が増えていますね。済州島は「三多の島」と呼ばれ、風と石と女の多いところですが、海女さんたちには財力がありますし、大家族的な半島部とは違って、人々は核家族的な暮らし方をしており、男性と女性の間の仕事の分担も比較的平等ですので、女性にとっては暮らしやすい島だと思います。

 それから、大森さんのお話しされた北の海についてですが、あそこは海水中の栄養分が豊富でプランクトンの発生しやすいところですね。アイスランドの人々は食べるために海鳥やその卵を捕獲する際にも細かいルールを決めており、決して乱獲はしません。自然保護、資源保護というのは、人間を遠ざけることによって行うのではなく、自然と人間の共生の中で生き物から正しく命をいただくというワイズユースこそが求められるべきでしょうね。


※拓海広志;

 ありがとうございます。全くその通りですね。まだまだ話題は尽きぬように思いますが、時間の方がなくなってきました。「内と外」という問題に関し、私の方からインドネシアの事例を二つ紹介させていただき、それをもって終わりにさせていただたこうと思います。

 まず、最近はテレビ番組などでもよく取り上げられていますが、フローレスの近くにあるレンバタ島についてです。ここは捕鯨で有名な島なのですが、彼らの捕鯨法はいわゆる伝統的な銛突き法でして、文字通り命がけの漁なのですね。それで、かつてFAOが彼らに近代的な捕鯨船を贈ったのですが、彼らは鯨を市場で売るために捕るのではなく、島の人間が生きていくために必要なだけの鯨を捕ることが出来れば十分なのだからと言って、結局その捕鯨船を使わなかったのです。彼らは島の外の世界を全く知らないのではなく、それを知った上で昔ながらの自分たちのやり方を守ろうとしてきたわけですね。

 また、先ほど森さんのお話に出てきたアンボン島のすぐ隣にハルクという島があるのですが、この島の人々は東インドネシアの島々において人々が自然の資源を利用していく上で様々な規制をしている慣習法であるサシに従って、魚や果物、椰子の実などを採りながら暮らしています。そんな彼らが自らのサシの持つ意味を見つめ直し、それを体系的に整理した上で世界に広くPRしたのですね。これによってハルク島は世界中の注目を集め、島の人々は自分たちの伝統文化を再認識するようになったといいます。つまり、彼らは外部からの視線を意図的に利用することによって集団の意識を高めることに成功したわけです。

 さて、今日はアッと言う間に1時間50分という持ち時間が過ぎてしまいました。せっかく素晴らしいパネラーの方々をお迎えしているわけですから、休憩や懇親会の場を利用して是非お話しをしてみてください。パネラーの皆様、本日はどうもありがとうございました。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


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