拓海広志「ボラ話」

 これは3年前の海の日の話です。その日、僕は新西宮ヨットハーバーからモーターボートに乗り、明石海峡までのショートクルーズを楽しんでいました。


 海峡の潮溜まりではタチウオ狙いの釣り人たちが結構舟を出していて賑わっていたのですが、何と僕が操縦していたボートの手前で突然大きな魚が海中からジャンプし、そのままボートの中に飛び込んできたではありませんか。見ると、体長50センチほどある大きなボラです。


 ボラは日本人にとっては非常に身近な魚で、その証拠に出世魚であるボラの名前は日常語にもなっていますし、日本各地の地方名も多彩です。


 ボラの稚魚はハク、ゲンブク、キララゴなどと呼ばれるのですが、それが初夏に河を遡行する頃になるとオボコ、イナッコ、スバシリと呼ばれ、秋になって河を下る頃にはイナと呼ばれます。そして、翌春になって戻ってきた成魚がボラと呼ばれるのですが、それが50センチくらいの体長となって産卵のために外海に出ていく頃になるとトドと呼ばれます。


 「オボコ(娘)」「すばしっこい」「イナセ(男)」、そして「トドのつまり」・・・。皆、ボラとつながる言葉なんですね。そうそう、関西ではボラのことをチョボと呼ぶこともありますが、これは「オチョボ口」のチョボのことです。


 これほど身近な魚ですから、かつて日本各地でボラ漁は非常に盛んでしたし、日常の食卓にもよく上がっていました。関西ではボラの胃(俗称:そろばんだま)や砂肝(俗称:へそ)を串に刺して塩焼きやタレ焼きにして食べますが、これも美味しいですね。


 日本人がボラを食べなくなったのは、海洋汚染が大きな社会問題となった時代に、泥臭い湾内や河口などで生息するボラには有害物質が多く含まれると思われたことや、日本人の魚食文化が非常に贅沢になり、輸入マグロや養殖のタイ、ハマチ、ヒラメなどといったものの方を好むようになっていったことに原因があるようです。


 しかし、侮るなかれ! このボラは実に美味しい魚なのです。この日モーターボートに跳び込んできたボラも僕は三枚におろし、刺身にして食べたのですが、皮を剥いだボラの身はとてもきれいですし、食感も良い上に美味なので、冗談で「タイの刺身だよ」と言うと騙される人もいるほどです。


 しかし、ボラと言うと、魚そのものよりも、その卵巣を塩乾蔵したものであるカラスミの方が珍味として重宝がられてますね。カラスミは、僕のようにお酒の好きな人間にとっては、たまらなく美味しいものですが、カラスミ(唐墨)発祥の地は中国の浙江省だと言われますが(地中海から中国に伝わったという説もあります)、現在流通しているカラスミの多くは台湾製です。


 日本では長崎の五島列島カラスミの産地として知られていますが、五島のボラは「沖獲ボラ」とも呼ばれ、内湾で捕れるボラに比べると泥臭さがないと言われています。ボラの産卵期は冬ですから、一度冬に五島を訪ねてカラスミ作りを見学したいと思います。


 西宮や芦屋を流れる川の河口部や沿岸にもボラはたくさんいます。一度仲間を集めてボラ釣り+料理大会でもやってみたいものです。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)



【沖から新西宮ヨットハーバーと六甲山を望む】


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