拓海広志「パナマからの便り」 

 今回は、以前僕が子供向けのメールマガジンを発行していたときに、旅先のパナマから発信したメールを転載させていただこうと思います。


   *   *   *   *   *   *   *


 皆さん、こんにちは。「さすらいのジャッキー」こと、拓海広志です。今僕がいるパナマ北米大陸南米大陸を結ぶへその緒のような細い地峡の上にある国で、その首都がパナマ市です。飛行機の上からパナマを見下ろすと、まるで陸橋のように細いこの国を挟んで大西洋と太平洋がせめぎ合っているようで、なかなか壮観です。


 皆さんは「パナマ」と聞いて何を思い浮かべますか? たぶん多くの人が「パナマ運河」のことを思うのではないでしょうか? 


 パナマ運河は大西洋と太平洋をつなぐ、海運においては非常に重要な運河ですね。この運河がなければ、アメリカ東岸からアジアやオーストラリア方面へ向かう船、あるいはアメリカ西岸からヨーロッパへ向かう船は南アメリカ大陸をぐるりと廻って行かねばならず、その航海には長い日数と大量の燃料を要します。


 タンカーなどのサイズを指す言葉に「パナマックス」というものがありますが、これは「パナマ」と「マックス(最大)」を掛け合わせたもので、パナマ運河を通航できるギリギリの大きさという意味です。つまり、「パナマックス」を超えるサイズの船は大き過ぎてパナマ運河を通れないのです。また、船の重量や容積をあらわす単位のことを「トン」と言いますが、パナマでは運河を通航する船から通航税を徴収するための計算用に「パナマ・トン」という独自の単位を用いて船の大きさを量ります。


 そもそも「トン」というのは、フランス語でワイン樽を意味する「トンヌ」を語源とするそうですが、これはかつてイギリスがボルドーからワインを輸入した際に樽の数に応じて課税したことに由来するのだといいます。しかし、歴史的に見ると様々な基準に基づく「トン」があって結構複雑で、「パナマ・トン」もそうした幾種類かの「トン」の一つです。


 ところで、船には船籍というものがあるのですが、船の船尾を見ると、船名の下に船籍を置く港の名前が書かれています。興味のある人は一度神戸や大阪、横浜や東京、名古屋、博多といった大きな港へ行き、外国航路に就航している大きな船を見て回ってください。きっと、船籍港として「パナマ」と書いた船が多いことに気がつくと思います。しかし、これは本当にその船がパナマで造られたわけでもなければ、実質的な意味でパナマの船主に所有されているわけでもありませんし、パナマ港がその船のベースとなる母港というわけでもないのです。


 実は外国航路に就航する船の船籍というのは、そういうこととは関係なしに外国の港に置くことができるのですが、こんなふうに便宜的に船籍を外国の港に置いた船のことを「便宜置籍船(べんぎちせきせん)」と呼びます。これは、船が船籍を置く港のある国に収めねばならない税金を低く抑えるための便法で、こういうことに利用される税率の低い国のことを「タックス・ヘブン」と言います。タックスは税金、ヘブンは(比喩的な表現で)避難所という意味です。言いかえると、パナマは運河を通航する船から「パナマ・トン」に基づいて徴収する通航税の他に、便宜置籍船の船主から支払われる税金も重要な財源としているわけです。


 僕は子供の頃からずっと船乗りになりたかったので、海や船に関する本を読んだり、テレビ番組を観るのは大好きでしたが、そうした中で「パナマ」という地名の響きには独特のロマンを感じていました。それはやはりパナマ運河の存在によるものが大きいのですが、クリストファー・コロンブス(クリストバル・コロン)の航海記などを通じてパナマに関心を抱いていたこともあります。


 コロンブスアメリカ大陸発見後、バスコ・ヌニュス・デ・バルボアはパナマ地峡の探検を行ったのですが、その際に彼らがやってきた北大西洋側からパナマ地峡を挟んで太平洋を眺めると、それが南に位置するように見えたことから、太平洋はスペイン語では南海(Mar del Sur)と呼ばれるようになったと言われています。コロンブスたちが南北アメリカに住んでいた原住民たちに対して「インディオ(インディアン)」と名づけたのは、彼がそこをインドだと思い込んでいたからですが、いずれの場合もその視点は自分の居場所や思い込みを前提にしたものですね。


 しかし、考えてもみてください。ある日突然あなたの住んでいる町に遠い国から外国人がやってきて、あなたの町を発見したと言い出し、その町やあなたに好き勝手に呼び名をつけたとしたら…。でも、世界史の上でそういうことはたくさん行われてきたのです。パナマやメキシコ、ペルーといった中南米の国々を旅していると、かつてそこを舞台に展開された異なる文明の衝突(スペインがもたらしたヨーロッパ文明と、原住民たちの文明)のあとをしのばせるものが多々あるのですが、こうした摩擦と交流、衝突と融和を繰り返しながら世界の歴史は展開してきたのですね。


 さて、今日はパナマからの便りでしたが、次はまた世界と日本のどこかの海から便りを書きます。楽しみにしていてください。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


Link to AMAZON『パナマ地峡秘史』

パナマ地峡秘史―夢と残虐の四百年

パナマ地峡秘史―夢と残虐の四百年

Link to AMAZON『パナマ運河拡張メガプロジェクト』
パナマ運河拡張メガプロジェクト

パナマ運河拡張メガプロジェクト

Link to AMAZON『パナマ事件』
パナマ事件 (大佛次郎ノンフィクション文庫 9)

パナマ事件 (大佛次郎ノンフィクション文庫 9)