拓海広志「何故かシンガポール(1)」

 これは今から7〜8年ほど前、シンガポールに住んでいたときに書いた通信文ですが、少し紹介させていただきます。ちなみに僕はこれまでに神戸、シドニージャカルタ、上海、シンガポールの五つの街で暮らしてきました。。。


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 急な話だが、しばらくシンガポールで生活することになった。ここは僕がかつて過ごしたジャカルタと同じ東南アジアに位置しているとは言え、まったくの別世界である。自然も人間も生々しく息づいている群島国家のインドネシアと、自然も人間も管理され尽くされた観のある都市国家シンガポールでは、あらゆる面が対照的に見える。ことに第一次産業第二次産業をほとんど放棄し、食料品や生活物資、燃料の大半を輸入に頼っているこの国の人々の暮らしのあり方はどことなくぎこちない。


 情報と金融、物流による立国を志向している現在のシンガポールを称して「未来都市」などと言う人もいるが、マレー半島の先っぽに浮かぶ小島がマレーシアから追い出されたあげく、サバイバルの為にとってきた措置の集積が現在のシンガポールを作り上げたのであり、僕はそれを成し遂げたリー・クアン・ユー氏をはじめとする国家指導者たちの意志の強さと行動力に対して尊敬の念を抱くものの、これが未来都市の姿だとしたらいささか無味乾燥とし過ぎているようにも思えてならない。


 もっとも、都市が生産を地方に委ね、自らは情報だけを操作しながら消費に明け暮れるというのは決して珍しいことではなく、むしろ都市というものは放っておくとそうなる宿命を持っているのかも知れない。地域主義経済論、内発的発展論、スモール派エコロジー論など、様々な立場から人間の暮らしにおいて適当と思える広さの空間内での町と村の共生、生産と消費の調和や循環の必要性が説かれてきたし、そこからはみ出すほどの都市の肥大化や生産現場からの極端な乖離に対して警鐘を鳴らす人も少なくはないのだが、現実には大都市の暴走に対してブレーキをかけるのは容易ではない。


 一般的には、都市問題というのは国内問題である。そして、それは都市が排出したゴミを地方に押し付けたり、都市が必要とする電力を地方の原発に作らせたりすることによって表面的な解決が図られることが多い。また、都市が失った生活の潤いや、地価の高騰によって窮屈な家に住まざるをえないといった欲求不満は、休暇を利用して地方に遊びに行くことや、地方でとれた食材を使った美味しい料理を食することによって一時的な解消が図られたりもする。それでも山積する都市問題の解決は容易ではなく、それが21世紀においても多くの国にとっての重要な政策課題となることは間違いないだろう。


 そうした観点から見ると、シンガポールは「都市=国家」として自己規定したことによって、都市問題を自力で解決するために考え得る限りの方策をとってきた都市であり、国家であるとも言えるだろう。シンガポールが自らの抱える矛盾の解消を外部に求めるとき、それは全て国内問題ではなく、国際問題となる。そうした意味では、国内問題に対処するように曖昧なやり方は許されないし、そこには国家間の駆け引きまでもが加わってくることになるわけだから、シンガポールの都市問題への対処法は他の国々よりもはるかに真剣だと言えよう。従い、シンガポールが未来都市であるかどうかは別として、この国が都市問題について最も真剣に考えている国であり、そこから学ぶべき点が多いということは言えるだろう。


 僕がシンガポールでの生活を始めてからまだ一月少々なのだが、この間僕は休日になると家の近所にあるイースト・コースト・パークという海浜公園へ行ってジョギングをしたり、カヤックを漕いだりして過ごしてきた。この国にはとにかく公園が多いのだが、その多くがいささか人工的な林に覆われた公園であったとしても、それを作り上げ、維持していくためには巨額の資金と大変な労力を要するはずで、この点においてもこの国の施政者たちの意志の力には恐れ入る。そして、そんな風に作られた林の中でも鳥や虫といった生き物たちがしっかり息づいていることが嬉しい。


 また、僕がこの一月の間に訪ねた場所の中で最も気に入っているのは、チャンギ沖に浮かぶウビン島という小島なのだが、そこは政府が自然保護区として定めており、まるでインドネシアかマレーシアのカンプンに来たような錯覚に陥りかねないところだ。島を覆う森の中には様々な生き物が生息しているし、ところどころにある集落に住む人々はシンガポール本島とは比べ物にならないくらい素朴な暮らしを営んでいるのだが、島の船着場で自転車を借りて島内を巡るのはとても楽しい。そして、また僕はウビン島のような島を残しておくということにもシンガポール政府の意志の力を感じてしまうのである。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)



シンガポール沖に錨泊する船】


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