拓海広志「カタフリ夜話(4)」

 海の仲間が狭い船内で酒でも飲みながら、四方山話ならぬ四方海話にふけることを、船乗り言葉では「カタフリ」といいます。今回は今から8年ほど前に海の仲間たちと作っていたMLで交わしたやり取りの中から、僕が書いた部分を幾つか抜粋して紹介させていただこうと思います。


※題名:遺伝子操作

 人類の農耕史をたどると、人間は野生の植物をいかにして食用に適したものに変えていくか、あるいは生産地の環境に適応させていくかということについて腐心してきたかということがわかります。ことにメンデルが形質分離に関する法則を発見してからは交配の結果が予測できるようになったため、植物の品種改良は驚異的な勢いで進み、今や我々が日常目にする観葉植物や日常口にする野菜や果物の全ては、人類が何らかの遺伝的改良を加えたものばかりとなっています。

 一方、遺伝子工学が世間の脚光を浴びるようになったのはかなり前のことですが、当時僕も素人なりに関心を持って幾つかの本を読んだりしていました。昭和57年に出版された『アメリカ合衆国議会特別調査・遺伝子工学の現状と未来(完訳版)』という本が僕の部屋で埃をかぶっていたので、先日読み直してみました。その中で、植物の遺伝資源取り扱いにおける問題点として、以下のことが指摘されています。

「遺伝資源の潜在的価値を推定することは難しい。−世界中には30万種の高等植物が存在すると推定されているが、そのうち約1パーセントだけが食糧、飼料、繊維、薬用に利用されているに過ぎず、残りの99パーセントの植物が有する遺伝資源については未評価のままである」

「遺伝資源の保存管理は複雑で費用がかかる」

「自然と農業体系との生態的なバランスが保持されている時、どのくらいの植物の多様性が失われていくのか不明である」

「遺伝学の新技術が、遺伝的変異性、生殖質の貯蔵方法、作物の脆弱性などに影響を与える程度がわかっていない(改良品種が真に優れたものであるかどうかは、改良品種が在来品種を淘汰してしまった後でなければわからぬことも多い)」 

「害虫や病原菌は常に変異し、それに従って植物の抵抗性が失われるので、新たな品種の導入が必要になってくる(病原菌は作物の品種改良に応じて病原力を強め、より攻撃的になることが証明されている。これにより、病原菌の伝染率が高まり、病気の大流行の潜在的な可能性が高まる)」

「他の経済的・社会的圧力が遺伝資源の使用に影響を与えること(例えば、マメ類に関するアメリカの特許の79パーセントは4社に所有されており、一度は設立された種子会社のうち約50社がアップジョン社やITT社などに吸収されている。これらの大会社は肥料や農薬のメーカーでもあるので、それと矛盾する耐病害虫性や窒素固定能力を持つ品種の育成は行わないことが予測される)」

 吉田よし子さんの著書『熱帯のハーブ系香辛料の機能』には「私たちが何気なく食べているお米や野菜の一つ一つが人類の何十万年かの知恵の蓄積なのです。今、熱帯林などの急速な破壊が問題になっていますが、本当に問題なのは植物そのものがなくなることだけではなく、そういった植物と一緒に暮らしてきた、そしてそれらの利用法を自分たちの身体を通して調べ、その知識を蓄積してきた人たちが森の破壊によっていなくなってしまうことなのです」という記述があります。現在でも人類が使っている医薬品の半数は植物に由来しており、熱帯雨林はその宝庫なのです。

 一方、マラリアの治療に用いられるキニーネは当初はキナから採取されていましたが、1940年にグアテマラに設立された米農務省の優良生殖質コレクションの中にキナのそれを保存することを忘れていたそうです。その結果、ベトナム戦争で、新しく抗マラリア剤を使用したところ、病原体に抵抗性株が出現したことによって薬効が弱まり、再び天然のキニーネを使用しようとした時に、生殖質保存の問題にぶち当たったとも言われています。この話は生殖質を自然状態の中でのみ保存しておくことのリスクを示唆しており、少し考えさせられてしまいます。

 余談ですが、パトリック・リンチ氏のSF小説『キャリアーズ』はインドネシアスマトラで発生した恐るべきウイルス性疾患が巻き起こす社会的混乱について描いたもので、非常に興味深いのですが、そこでも熱帯雨林の中にある植物が人類を救うものとされています。小説自体かなり面白いですし、インドネシア社会に対する風刺も散見されますので、是非読んでいただきたいと思います。


 (後略)


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キャリアーズ〈下巻〉

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