拓海広志「珍味をめぐる旅(2)」

 先日掲載した「珍味をめぐる旅」というエッセイに対し、随分多くの方から様々なコメントをいただきました。ありがとうございます。今回はそれらを少し紹介させていただこうと思います(注:この記事は7年前のものです)。


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 まずは明石林崎漁協の企画調査室長から大学教授に転じられた鷲尾圭司さんからのメッセージをご紹介します。『明石海峡魚景色』というタイトルの料理本を世に出した方だけに、食のこととなると経験に根ざした鋭い指摘が飛び出してきて、大変参考になります。


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※鷲尾さん「イソギンチャクが食えるならということで、岩場のイソギンチャクも食べてみようとしたのですが、こちらは硬くて美味くありませんでした。やはり、有明海の干潟の泥の中で育つものの方が口に合うようです」「ナメクジウオは天然記念物といわれていますが、三河湾や瀬戸内海三原沖のナメクジウオが生息する環境が天然記念物にさせているだけで、 たくさん取れるところでは食用にもなっていました。 躍りの喉ごしはシロウオと変わらず、釜揚げにしても、特に変わった味はなかったですね。上物のちりめんとして通用しそうです。中国の福建省ではたくさん取れると聞きました」「フナムシは、エビとは言い難いですが、香ばしく揚げれば、タイの鱗のから揚げよりも美味いと思いました」


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 なるほど、岩場のイソギンチャクよりも泥場のイソギンチャクの方が柔らかくてうまいとは鋭い指摘ですね。そう言えば僕がイソギンチャクを食べたのも寧波沖に浮かぶ普陀山(補陀山)や有明海に面した佐賀でのこと。有明の潟浜は有名ですが、普陀山の場合も大河・揚子江から押し流されてきた泥土によって濁った海で育ったイソギンチャクだったからこそうまかったのかも知れません。


 続けて有明海沿岸地方出身のYさんから有明でのイソギンチャクの呼び方についてご教示いただきました。有明地方ではイソギンチャクのことを「ワケ」と呼ぶことがあるそうですが、「ワケ」とは尻の穴を意味するという説があります。そう言われてみると、イソギンチャクを指で突いたときにキュッと締まったときの様子はそんなふうにも見えますが、さてその真相は・・・?


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※Yさん「「ワケ」だけでは、尻の穴という意味にはなりません。「ワケのシンノス」がイソギンチャクの本当の呼び名で、後半部分がそのものズバリ「尻の巣」=肛門なんですね。ワケは「若者」と好意的に受け取った方がよいでしょう。私が県境を越えて大牟田市のバンドに加入したときなど、歓迎会に名産のタイラギの貝柱漬けを所望したのに、「君みたいなヘタッピィーはワケのシンノスたい」と一蹴されたことがあります。料理法は、主に煮物です。子供時分には、潮干狩りの獲物が翌朝の味噌汁の具だったことが、結構ありましたね」


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 なるほど! イソギンチャクとは「ワケ(若衆)」の「シンノス(尻の穴)」だったのですね。これは言い得て妙ですが、何となく男色的なニュアンスもありそうですね。それにしてもイソギンチャクの煮物や味噌汁が日常食とは、有明はやはり珍味探求において重要なところです。


 続けて水俣で村おこしの仕事をされているSさんからいただいたメッセージをご紹介しましょう。


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※Sさん「イソギンチャクのスープ、カメノテの味噌汁、ムツゴロウの甘露煮、サメの刺身は、佐賀市柳川市にある有明海産物の料理屋にて食べたことがあります。ウミガメのゆで卵は、10年ほど前はジャカルタのスーパーでも見かけましたが、今でもそうなのでしょうか。カイコのさなぎについては、伊那地方のスーパーで煮物を買って食べたことがあります」


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 インドネシア各地の海を巡っていると、ウミガメの肉や卵はそれほど珍しいものではなく、大都市ジャカルタでもコタの華人街にある市場の片隅ではよく売られていますが、さすがに最近ではスーパーの店頭に並ぶことは少ないようです。

 
 ここで、Sさんは伊那地方で食べたカイコのさなぎの煮物について書かれていますが、伊那地方は有明地方と並ぶ珍味の宝庫ですね。勿論、有明が海の珍味ならば、伊那は山の珍味なのですが、いずれもその土地で暮らしてきた人々の環境利用の知恵の賜であり、美味しい料理が多いと思います。


 次は伊那谷和合に住んでおられるAさんからいただいたメッセージを紹介させていただきます。


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※Aさん「伊那谷の南端に引っ越して2年になりますが、その間に食べたものを御紹介します」「蜂:先日、蜂の炊き込み御飯を近所の人に御馳走になりました。白い幼虫だけじゃなくて、1センチくらいの黒い成虫がそのまま入っていました(以前にも同じ蜂の煮物を御馳走になったことがありますが、これも成虫でした)。御飯に蜂の脂分と香りが移って、おいしかったです。ジバチといって地中に巣を作るもので、この辺では一番味が落ちるものだそうです。赤蜂という小型のスズメバチの方がうまく、名前は忘れましたが黒い大きな蜂(たぶん矢作川沿いの地域でヘボと呼ぶやつのことだと思います)が、極上とのことです」「蛇:マムシがうまい、との話しをよく聞くので、一度食べたいと思っていましたが、この夏に近くの路上で遭遇しました。さっそく教えられたとおりに、ビニール袋に入れて持ち帰りました(マムシはビニールの上では動くことができないので、ビニール袋に入れれば大人しくなる、とのこと)。隣のおじいさんの力を借りて、頭を落として皮をむき、3センチほどに切って、七輪の遠火で焼きました。食感はエイヒレに似ています。適度な脂分とコクがあり、美味しかったです。おじいさんに言われて胆のうを丸呑みしましたが、そのせいか夜中に胃のあたりが熱くなり、目が覚めました」


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 蜂については、僕は幼虫しか食べたことがないのですが、成虫入りの炊き込みご飯というのはなかなかうまそうですね。恐らく伊那地方は日本において最も豊かな昆虫食文化を育んできた土地だと思うのですが、現代の飽食日本においては昆虫食と言うとゲテモノ扱いする人が少なくないことが腹立たしいです。


 マムシの炭焼きというのは、僕もかつて和歌山県龍神村で食べたことがあるのですが、マムシは数あるヘビの中でも最もうまいのではないかと思っています。ただ、爬虫類は非常に繁殖力の強い寄生虫を宿しているケースが多いので、十分火を通してから食べねばなりませんね。


 Aさんは猪肉を使った薫製作りにも励んでおられるそうで、機会があれば是非和合を訪ねさせていただきたいと思っているのですが、Aさんからマムシの解体法について以下のようなレポートをいただきました。


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※Aさん「マムシは首のちょっと下の部分を踏んで(必ず長靴で!)、スコップのようなもので首から先を落とします(秋口の繁殖期を迎えたマムシは獰猛で、頭だけでも噛み付いてくるといいます)。首を落としたマムシはまるで靴下を脱ぐように、皮をひきずり降ろします。マムシ本体は筒状ではなくトイ状の形をしていて、内臓は全て皮にくっついてくるので、皮を剥くだけでマムシの開きが完成です。あとはブツ切りにして串に刺し、炭火の遠火でじっくり焼きます。内臓のうち深緑色をした丸い部分が胆のうで、やぶかないようにはずして丸のみします。他の内臓は鶏にやってしまいましたが、この内臓を棒にまきつけて焼くと一番うまい、ということを後から知りました。また、目玉も身体にいいそうです。剥いだ皮は再び表返しにして棒に刺して乾かすと、打ち身、捻挫、吸い出しに効く貼り薬になるそうです。昔は、マムシに噛まれたときの毒の吸い出しに使ったこともあるとのこと(そういえば、マムシに噛まれたときに、血清を注射してもしなくてもその後の死亡率は変わらない、という記事が新聞に載っていました)」


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 ところで、かつてサモアに住んでいたFさんからはカタツムリ及びナメクジ食についての話をいただいたのですが、カタツムリと言えばブルゴーニュ料理で有名なエスカルゴがあります。ここで使われるのはアフリカマイマイなのですが、現在その大半はタイで養殖されています。アフリカマイマイにはカントンジュウケツセンチュウなる寄生虫が宿っているのですが、これが人間に移ると脳に達することもあるという厄介なものだけに、エスカルゴ料理は十分加熱することが鉄則と言われています。


 ところが、アフリカマイマイはいつの頃からか沖縄、奄美、小笠原などでも繁殖するようになっており、日本の在来種のカタツムリやナメクジにも彼らからカントンジュウケツセンチュウが移されてしまっている場合があります。それにもかかわらず、日本にはナメクジを生食すると喘息が治るというような民間療法が存在しており、それを信じてナメクジを生食したために、カントンジュウケツセンチュウにやられて死んでしまったという人もいます。


 アフリカマイマイオセアニア各地にも繁殖しているのですが、特にサモアではその異常な繁殖ぶりが問題となったようです。最後にFさんからのメッセージをご紹介しましょう。


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※Fさん「アフリカマイマイは高温多湿の環境でどんどん増えます(彼らは雌雄同体です)。しかも早いサイクルで大きくなり(大きい個体では15センチほどにもなる)、緑のものなら何でも食害します。サモアでも大発生しまして、その対処法としていろいろあった中の一つに「喰う」ことがありましたが、かなり長いこと茹でて、更にバター炒めをするという手の入り様でした。勇気がなくて食べませんでしたが、これは定着しませんでした。畑では,このカタツムリを燃やして畑にまいたり、つけ込んでスネイルジュースなる液肥を作ってました」


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 なるほど。残念ながらサモアではエスカルゴ料理は定着しなかったようです。でも、カタツムリで堆肥を作ったというのだから、よほどたくさんのカタツムリがいたのでしょう。想像すると、ちょっと不気味な光景ですね。


 旅の行く先々で出会った珍味を通して、そこに住む人々の文化や暮らし、自然との関わり方を知ることはとても楽しいことですが、僕のこうした旅はまだまだ続きそうです。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)



普陀山の食堂にて。食材となるイソギンチャク】


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