拓海広志「海と人と町をつなぐ」

 アルバトロス・クラブの創立25周年とアルバトロス・プロジェクト(ミクロネシアの伝統的帆走カヌーによるヤップ〜パラオ間の石貨交易航海再現プロジェクト)の実現20周年を記念する「アルバトロス・イベント」が、2014年12月6日に神奈川県三浦半島の三崎港で開催されました。そのメインとなったのが、「海と人と町をつなぐ」というパネル・ディスカッション(パネラー:川口祐二、海上知明、小原朋尚、石川仁、高橋素晴、倉橋隆行、たかとりじゅん。ファシリテーター:拓海広志)です。


 長年にわたって日本各地の浜を訪ね歩き、漁業者たちの仕事や暮らしについて多くの聞き書きを残してこられた川口祐二さんは、海の道によって繋がる人々の社会や文化のことを語ってくださいました。三浦半島や城ケ島も、そうした海の道によって房総半島や伊豆半島、また南紀や土佐などと繋がっており、そのことは三崎の町の形成において重要な意味を持っています。


 環境思想研究家の海上知明さんは、日本の環境思想はその多様で変化に富む自然の影響を受けており、多様性と変化を容認する傾向が強いと語ってくださいました。また、古代から中世の日本において、政治的な思惑から奈良、京都、平泉、鎌倉などに都市が形成された中で、平清盛だけが全く異なる世界観から神戸という港市を築いたことの意義についても強調されました。


 神戸をベースに帆船「みらいへ」を使った人材育成・開発事業に奮闘されている小原朋尚さんは、海でのチャレンジによる教育の可能性について語ってくださいました。また、日本の沿岸と漁場、漁港が漁業者によって利用・管理・保護されてきた歴史の功罪についてもお話しいただき、その今後のあり方について問題提起をされました。


 カムナ葦船プロジェクトなどの様々な冒険プロジェクトを実現してきた石川仁さんは、海を渡って伝わった様々な文化のあり様について語ってくださいました。そうした文化交流は港・町という場があるから可能になるわけですが、かつて宮本常一さんが指摘した日本の町の成り立ちにおいて果たした海と漁民の役割も再考すべきテーマでしょう。


 14歳にしてヨットでの太平洋単独横断を成し遂げ、今は坊津で「地球の塩」という名の塩を作っている高橋素晴さんは、人が海という自然を所有することへの疑問について語りました。また、日本の漁港がヨットなどのプレジャーボートの受け入れに対してもっと積極的になることによって、外部に対して開かれたものになっていく可能性について語ってくださいました。


 不動産コンサルタント業を営みながら三崎の活性化の為に様々な活動を展開している倉橋隆行さんは、町の活性化を進める際に直面する経済的、文化的、技術的な課題について語ってくださいました。また、三崎は東京都心から遠くないのに多様な文化を持っていることが素晴らしいが、その土地の75%が未だに漁業・農業用地指定を受けていることは住民ニーズの現実と合っていないことについて問題提起されました。


 フリーアナウンサーたかとりじゅんさんは、独自のデート論で場を盛り上げてくださいました。じゅんさん曰く、「想定の範囲内のデートはつまらないが、海という場を用いたデートは常に意外性があって楽しい」とのことで、海は人の絆を強くするという素晴らしいオチでした!


 パネラーの方々からは様々なお話を伺いましたが、ファシリテーターの私はそれらを三つのテーマに絞り直してその後の討議につなげました。一つ目は「海・港・町を介したヒト・モノ・文化の『交換』」というテーマ。次は「海の利用・管理・保護に関する『占有(なわばり)』と『共有(コモンズ)』」というテーマ。三つ目はアルバトロス・クラブが重視してきた「ヒトと自然とモノの関係性」というテーマです。それに際して、私が海という自然と人の関係性の象徴として「帆」と「アルバトロス(あほうどり)」にこだわってきた意味についても、改めて説明させていただきました。


 多彩なパネラーの皆さんのおかげで議論は盛り上がりましたが、残念だったのは時間が足りなかったことです。特に「海の利用・管理・保護に関する『占有(なわばり)』と『共有(コモンズ)』」に関する議論にはもっと拡がりを持たせたかったのですが、時間的な制約からそれには至りませんでした。また、「ヒトと自然とモノの関係性」についての議論も不完全燃焼だったように思います。次の機会にはこれらの議論をさらに深掘りしていきたいと思います。


 ところで、このイベントは第1部「三崎ヨットクルーズ」、第2部「パネル・ディスカッション『海と人と町をつなぐ』」、第3部「三崎散歩」、第4部「懇親会」という構成になっていたのですが、その模様は倉橋隆行さんとたかとりじゅんさんが出演されているJ:COMの番組『おとなの歩き方』の第40歩目にて紹介いただくことになりました。是非、ご覧ください!


※J:COM『おとなの歩き方・第40歩目』


※J:COM『おとなの歩き方』ホームページ


漁村異聞―海辺で暮らす人びとの話

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甦れ、いのちの海―漁村の暮らし、いま・むかし

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海辺の歳時記

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環境思想 歴史と体系

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環境戦略のすすめ エコシステムとしての日本 (NTT出版ライブラリーレゾナント)

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環境問題の戦略的解決―環境戦略試論

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それから―14歳太平洋単独横断

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不動産投資、成功の方程式 (朝日新書)

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馬鹿に効く薬。 (QP books)

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あなたの人生を変える!不動産とお金の話!

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ビジュアルでわかる船と海運のはなし

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拓海広志『イルカ☆My Love』♪

 学生時代に『イルカ☆My Love』というタイトルのショートストーリーを書いたことがあります。それから27年・・・、そのイメージで曲を作ってみました。


【イルカ☆My Love】
(詞・曲/拓海広志)(2014年)


 群青の海峡 見渡す丘を 駆け下りると イルカが待ってる
 月影の渚で 君を抱きしめ 口づけすると 星が流れた
 果てしなく遠い海から 僕に逢うために来たのか
 瞳の奥に 宿る炎と
 遠く 夜空を翔ける イルカの星々 煌めく
 イルカ 君はどこから やって来たんだい


 僕の身体が 帯びてる熱は 君と交わり 静かに冷ませる
 そんなエゴでも 君は受け入れ 僕を包んで 同時に果てた
 限りなく深い愛から 僕を救うために居たのか
 瞳の彼方 映る海と
 広い 海原泳ぐ イルカの身体 輝く
 イルカ 君はここから 海に戻るのかい


 幻のような太古に 別れた二つの命が
 巡り合った 海の不思議
 遥か 時空を超える イルカの魂 気高く
 イルカ 何処を目指して 旅立っていくの


  ☆Hiroshi Takumi & Yuji Kawakami - One Coin Live 『イルカ☆My Love』


 ★The Hyper Bad Boys


(無断での転載・引用はご遠慮ください)

拓海広志「星陵高校にて・・・」

 自分の母校である兵庫県立星陵高等学校から招いていただき、全校生向けに「イメージの力で海を渡る」という題の講演を行ってきました。昨年同校の同窓会ホームページ向けに寄稿した『石のお金を運んだはなし』を高校生向けにしたものです。


 明石海峡を臨み、自由・自主・自律の気風に溢れたこの高校で、僕は多くの素敵な仲間たちと共にスポーツや音楽、文学や旅、歴史学民族学の探求に明け暮れる日々を過ごしました。ギターを弾きながら当時の自分が作った曲を歌うと、その頃の光景が脳裏に蘇ってきて懐かしいです。ここも自分の原点の一つのように思います。

 
 今回僕の講演を聞いてくれた学生諸君のレポートから幾つか抜粋し、紹介してみようと思います(複数の方のコメントを一つにまとめたものもあります)。星陵高校の皆さん、ありがとうございました。また、お会いしましょう!
 

   *   *   *   *   *


※Aさん「拓海さんのように世界中の文化に触れて、自分の視野を広げたいと思います。また、航海術というのは、ただ航海する方法を学ぶのではなく、それが生み出された時代の思想や科学を学ぶことができると聞いて感銘を受けました」


※Bさん「グローバル人材とは英語のできる人だと思っていましたが、拓海さんの話を聞いてグローバル人財の意味がわかりました。もちろん、コミュニケーションの道具としての英語も大切ですが・・・」


※Cさん「まだインターネットもなかった時代にネットワーク型のNPOを立ち上げて世界中の人たちと共働し、ヤップとパラオの人々を結びつけるプロジェクトをやったという話にびっくりしました」


※Dさん「観光客からは楽園のように見えるミクロネシアが実は自殺の多いところだと聞いて驚きましたが、その背景にある社会問題を教えていただくことで理解することができました」


※Eさん「拓海さんは様々な国の様々な人の暮らしや仕事の中に入ってきたことで、たくさんの言葉の意味を知っており、様々な知恵を持ってるんだなあと思いました」


※Fさん「カヌーの中で寝転がっているだけで波が来る方向がわかり、夜空の星々を見るだけで海上のイメージマップが拡がり自分の居場所がわかる。イメージの力で海を渡る人間の能力に感心しました」


※Gさん「今の日本では個人も企業も上辺だけのグローバリゼーションに飲み込まれており、短期的な結果至上主義が横行しているように思うので、拓海さんたちがヤップで行ったプロジェクトの進め方には感銘を受けました」


※Hさん「様々な文化や歴史、そしてコミュニケーションのスタイルなどを学ぶために、海を渡って旅をするべきだと思った。次は僕らの番だ! 星陵高校の出身者として恥ずかしくない生き方をしていこう」


※Iさん「拓海さんは自分にも他人にも正直な生き方をしている人だなと思いました。私も自分の人生をいかに生きるべきか、どんな風に仕事をしていくべきか、考えるきっかけをもらいました」


※Jさん「先入観なしに相手の話をよく聴いて理解し、相手に自分の素直な気持ちをわかりやすく伝える情熱を持つこと。拓海さんから教わったコミュニケーションのポイントです」


※Kさん「大学生のときに既に当時のNPO団体の問題に気づき、そのリーダーたちをネットワーク化して結びつけるためのNPOを作るという発想を持っていたのは凄いなあと思いました」


※Lさん「僕も拓海さんと同じ町で同じ海を見ながら過ごしてきたのですが、拓海さんが子どもの頃から船乗りになりたかったと聞いて、自分の小さい頃からの夢や憧れを大切にしなければいけないと思いました」


※Mさん「ヤップ島の石貨の価値はその物語によって決まるという話は新鮮でした。これは日本の私たちが使っている貨幣にはない意識、感覚であり、素晴らしいと思いました」


※Nさん「拓海さんが高校時代に学校を休んでバックパッカーをやっていたと聞いて、羨ましく思いました。でも、その後の話を聞きながら、自分のやりたいことをやるためには、自分の考えがしっかりしていないとダメなんだと思いました」


※Oさん「私は海が大好きですが、海が怖いです。水泳部なので泳げますが、海では泳ぎません。でも海が好きで、海を見ていると心が落ち着きます。そんな海を旅するのは素晴らしいと思いました」


※Pさん「拓海さんの話を聞いて、異文化の人たちと事業を行うことの難しさ、でも真心を持って丁寧にコミュニケーションをとることによって関係が築けることを知りました」


※Qさん「元々知ってる話だったので、少し退屈でした。ミクロネシアのような小さな国の中にも差別があることには驚きました。国や地域が違っても、人がすることに変わりはないんですね」


   *   *   *   *   *


 ※参考記事
 拓海広志「イメージの力で海を渡る(1)」
 拓海広志「イメージの力で海を渡る(2)」
 拓海広志「イメージの力で海を渡る(3)」
 拓海広志「『グローバル』の普遍性について」
 拓海広志「海原」Played by The Hyper Bad Boys
 拓海広志「漁港」
 拓海広志「赤倉旅情」Played by The Hyper Bad Boy
 拓海広志「Feeling Love For You」
 拓海広志「老人」
 拓海広志「絶望の中を行く人に・・・」
 拓海広志「Once More !」
 拓海広志「卒業」
 







【星陵高校にて・・・】


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テロと救済の原理主義 (新潮選書)

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ビジュアルでわかる船と海運のはなし

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拓海広志「続々々々・神戸大学にて・・・」

 2009年、2010年、2011年、2012年に続いて、今年もまた神戸大学キャリアセンターの依頼で、同大学全学部の希望者を対象に「職業と学び−キャリアデザインを考える」というテーマの授業を行いました。


 2009年の授業は「モノを運ぶことは、心を運ぶこと−国際物流と貿易の仕事、そしてNPO活動を通して」というタイトルで、僕の海との付き合い方と旅の話、貿易・国際物流・ロジスティクス・SCMと仕事の話、国際・民際交流や環境活動支援などのNPO活動の話、僕がかつて「アルバトロスクラブ」というNPOにおいて実現した「ミクロネシアの伝統的帆走カヌーによるヤップ〜パラオ間の石貨交易航海再現プロジェクト」の話、異文化コミュニケーションとMulti Cultural Managementの話、神戸が持つコスモポリタンな文化土壌の話などをネタにしながら、学生たちと話し合いました。


 2010年の授業は「越境するモノたち―物流におけるグローバル化」というタイトルで、モノの調達、製造、販売のグローバル化が加速する中で、そのSCMとロジスティクスの現場がどうなっているのかといったことや、ビジネスコミュニケーションのあり方について、学生たちと討議しました、。


 2011年は「価値を生み出す仕事とは?」というタイトルの授業を行いました。まず、バリュー・チェーン、バリュー・プロポジション、またカスタマーエクスペリエンスの考え方の基本を学生たちに説明した上で、仕事の連鎖の中でどうすれば顧客や仲間、社会への「価値」を生み出すことができるのか、また最高の価値である「信頼」をどのように築いていくのかについて、やはり学生たちとの対話形式で進めました。


 2012年の授業は「真の人財とは何か?」というタイトルで行いました。僕は仕事における「人財」の定義を「仕事を通してお客様や仲間、社会に対して価値を提供し、それを通して自分の人生を価値あCるものにできる人」だとしています。巷間ではよく「グローバル人材が必要な時代だ」といった話が出ますが、グローバルな人財(僕は人材という語は使いません)とは何なのかについて、学生の皆さんと一緒に考えてみました。


 そして、今年は「グローカルな生き方と働き方」というタイトルにて、「グローバル」と「ローカル」という二項対立を超えた生き方、働き方について、幾つかの具体的な事例をあげて話してみました。


 毎回、この授業に参加する学生たちは非常に熱心で、授業中もなかなか積極的に発言や質問をしてくれますが、授業後も個別に僕に質問をしてくる学生たちが多くて長時間つかまってしまいます。さらにその後も質問のメールを送ってきてくれたり、もっと詳しい話を聞くためにわざわざ僕に会いに来る学生もいたりして、僕は神戸大学の学生たちがとても好きになりました。今回受講してくれた学生諸君のレポートから幾つか抜粋し、紹介してみようと思います(複数の方のコメントを一つにまとめたものもあります)。


   *   *   *   *   *


※Aさん「拓海さんのお話しを聞くまでは、文化相対主義は非の打ちどころのないものだと考えていました。そして、各地域の文化や伝統は大切にしなければならず、外部から干渉・介入してはいけないと思っていました。しかし、拓海さんの話を聞いて、文化や伝統も内部と外部の相互作用の中で生まれ、変化していくものであり、そのダイナミズムを忘れてはいけないとも思いました」


※Bさん「『グローバル』という言葉について、単に政治や経済だけではなく、文化という切り口から考えることができてよかったです」


※Cさん「『ナマコの眼』について聞き、ヨーロッパ中心、アメリカ中心ではない、グローバル流通の存在を知りました。自分もナマコについて調べてみたいと思います」


※Dさん「僕は鳥取砂丘の波打ち際で形容しがたい感覚を得たことがあります。それは拓海さんがこれまでに自然の中で得てきた感覚に近いものだったのかも知れません。いつか拓海さんと食事をしながら話す機会があれば、拓海さんにも『こいつと会って得るものがあった』と思われる存在になりたいと思います」


※Eさん「『意は似せやすく、姿は似せ難し』という本居宣長の言葉を紹介していただき、ハッとしました。コミュニケーションのスタイル(文体)とはその人の生き様そのものであり、他者との関係の築き方そのものなんだなと思いました」


※Fさん「ネットワーク・マネジメントのお話の中で、自律分散している個々が相互に影響を及ぼし合うことによって1+1+1が3以上になるということを聞き、人と人の関係性の重要さを理解しました」


※Gさん「私は広島出身なのですが、神戸に移ってきてから『これほどまでに日本的なものと異国的なものが混じり合っている街があるんだ』と驚き、その他者を受け入れる懐の深さに感じ入ってます。だから、拓海さんが『神戸で生まれ育ったことが、自分の性格形成に大きな影響を与えた』と話されるのを聞いて、成程と思いました」


※Hさん「拓海さんは、航海術の基本は自分の位置と進むべき方向を知る空間認知力だと話されましたが、これは船の航海だけではなく、人生についても言えることだと思いました」


※Iさん「何か一つのことを徹底的に深くやることで、世界はどう繋がっているのかとか、人間は自然とどう関わっているのかといった、大きなことが見えてくるという話に感銘を受けました」


※Jさん「私は現在看護学を専攻していますが、看護の世界でもよくアートとサイエンスの両方が必要だと言われます。専門の技術や知識が必要なのは当然ですが、それ以上にマインド、特に患者の気持ちを感じる力が必要だと思います。今日の拓海さんの話を聞いていて、改めてその重要性について考えました」


※Kさん「『旅をすることで世界はもちろんのこと、日本にもかなりの多様性があることを知った』という言葉が印象に残りました。拓海さんは、人間が自然や他者、あるいは自己の身体との間で築く関係性が文化の原点と言われたが、拓海さんがそういう考えを旅を通して獲得されたことが興味深いと思った」


※Lさん「『人と自然の関係性について考えるときに、モノを媒介にすることによって人の生活や経済との関連が生まれ、単なる抽象論ではなくなる』という考え方に共感しました」


  *   *   *   *   *


 神戸大学学生の皆さん、ありがとうございました。いただいたご質問に対しては、可能な限り個別に回答をさせていただきたいと思います。また、機会があれば神戸の六甲台か深江浜でお会いしましょう!


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


[rakuten:book:12548937:detail]

拓海広志「『グローバル』の普遍性について」

 11月23日に京都の同志社大学「『グローバル』の普遍性について」という題のシンポジウムが行われ、僕はそこで基調講演をする機会を与えていただいた。昨今の大学や企業では「グローバル人材」ということがよく言われるが、それは一体どういうものなんだろう? (※参考資料(拓海のプレゼン資料))


 僕は、自分がこれまでに日本を含む世界の様々な国や地域で携わってきた企業やNPOでの仕事において、「人財」のことを「仕事を通して顧客、仲間、社会に価値を提供し、そのことを通して自分自身の人生を価値あるものにする人」だと定義してきた。これを実践して実際に「パフォーマンス」を上げるためには、一定のビジネス・ファンデーション(「マインド」「ナレッジ」「スキル」)と「実行力」が必要だが、それが何なのかを具体的に示せば求められる「人財」像は明らかになる。


 人が仕事をする際に、他者に価値を提供しようと思えば、相手の価値観、ニーズ、感情と論理、また相手が属する集団と社会の言語・宗教・文化、環境、政治力学や意思決定プロセスなどを正しく理解した上で、相手の共感と合意を得ながら価値共有するために適切なコミュニケーションをせねばならない。しかし、それは日本を含む世界のどこへ行っても基本的に同じことだ。そこで求められるのはそうした多様な人と社会への対応であり、その差異(主として、言語・宗教・文化的な差異)をマネジメントする能力である。こうして考えると日本の外だからと言って何か特別なことが求められるわけではなく、それをあえて「グローバル人財」として定義する必要はないように思える。


 コミュニケーション能力は「人財」の極めて大切な要件だ。特に、僕がよく「恋」に譬える「Inside-Out Thinking」(例:Product out / Service out)ではなく、「愛」に譬える「Outside-In Thinking」(例:Customer in / User in)によって、相手のことを正しく理解する能力を高めることが求められる。また、ハイコンテクストなコミュニケーション文化に慣れ親しんでいる日本人が、ローコンテクストなコミュニケーション文化圏に属する人たちとコミュニケートする際には、特にわかりやすく丁寧に話す必要がある。ちなみに、僕自身が考えるビジネスコミュニケーションの基本とは、「率直・正直・公正」、「簡潔・明瞭・論理的」、「情熱・感謝・パーソナル」の三つであり、それらは何ら難しいことではない。


 ところで、政治・経済の世界においてパクス・アメリカーナの延長と揶揄されがちなグローバリズムのことではなく、これからの人類が築いていく地球規模の生態系的な<社会=共同体>としてグローバル社会を捉えるならば、単に文化相対主義の観点に立って、その差異をマネジメントしていくだけでは最早済まされないだろう。何故ならば、そうした差異を超えた「普遍性」がないと、真のグローバル社会は成り立たないからだ。


 人類が生み出した言語や宗教、文化の原初の姿(構造や記号、意味では語れない段階の、霊性を帯びた言葉。自然とその延長としての他者、自己の身体への畏怖として生まれた信仰。自然、他者、自己の身体との関係性たる文化の原型)を参照すること。また、歴史の中で人類が作り出してきた様々な言語的・宗教的・文化的差異を超えた「コモンセンス」を再発見・認識し、それに基づくグローバル社会の普遍的な「プリンシプル」を構築・共感・合意、そして価値共有するための活動が必要だ。
 

 そして、こうした活動に積極的に関わることは、真のグローバル人財になるための条件なんだと、僕は思う。まだ未成熟な段階にあるグローバル社会に生きている僕らにとって、現段階におけるグローバル人財の定義とは差し当たり、「人類共通の「コモンセンス」を認識し、グローバル社会の普遍的な「プリンシプル」を構築することの重要性を理解した上で、個人と社会の多様性を理解・尊重し、その差異を適切にマネジメントすることによって、他者と社会に価値を提供する人。そして、そのことを通して自分自身の人生を価値あるものにする人」といったところだろうか。


 僕がこれまでに、近代航海術が登場する前の太平洋諸島民の航海術、すなわち身体知を用いて星の動きや自然のメッセージを読み解くことで自分の位置と目指すべき方向を見出し(空間認知)、イメージの力を用いて海を渡るという技術に注目してきたこと。原始時代の人間が「心」を持ったときに自然を対象化し、次いで自然の延長として他者や自分自身の身体をも対象化し、そこで生まれたであろう初源の言語・宗教・文化について考えてきたこと。また、「伝統」なるものを、人間の集団同士が接触した際に、集団の成員の心理的な安定を図りアイデンティティの拠り所とするために用いられる「方法」として捉えてきたこと・・・。


 あるいは、現代の捕鯨問題や性同一性障害をめぐる問題、アフリカにおける女子割礼の問題、食文化に対するイメージの問題などを通して考えてきたこと。企業やNPOでの仕事におけるグローバルマネジメント、ネットワークマネジメントを通して、自律分散、自己組織化、創発現象、ホロニックマネジメントなどについて考えてきたこと。中世の日本人が自然を「ジネン」「シゼン」と読み分けてきたことに、日本人の自然観の特徴があると考えてきたこと。そして、言語、音楽、スポーツなどを通して行われるコミュニケーションのあり方、特にそのスタイル(文体)や共感・共鳴といった現象について考えてきたこと、等々・・・。


 実はこれらのことは全て根底でつながっており、僕は人類が普遍的に持っているであろう「コモンセンス」の所在を明らかにしたいと考えてきた。そうしたことに触れた古いエッセイを幾つか下記したので、ご興味があれば読んでいただきたい。同志社大学での講演は持ち時間が20分しかなかったため十分に話せなかったが、自分の経験と思索の要点についてはお伝えできたのではないかと思う。会場で多くの素晴らしい人たち、特に上述の定義による「グローバル人財」のエッセンスを既に持っている素晴らしい学生たちに出会えたことに心から感謝したい。


*イメージの力で海を渡る
拓海広志「イメージの力で海を渡る(1)」
拓海広志「イメージの力で海を渡る(2)」
拓海広志「イメージの力で海を渡る(3)」
拓海広志「石貨交易航海の再現(1)」
拓海広志「石貨交易航海の再現(2)」
拓海広志「渡海−人は何故海を渡るのか?(1)」
拓海広志「渡海−人は何故海を渡るのか?(2)」
拓海広志「渡海−人は何故海を渡るのか?(3)」
拓海広志「石貨を運ぶカヌー航海のはなし」


グローカルについて
拓海広志「グローカルな仕事と人生について考える」
拓海広志「越境する問題」
拓海広志「『ナマコの眼』を読む:鶴見良行さん」
拓海広志「ザ・外資」
拓海広志「域内流通の可能性(1)」
拓海広志「域内流通の可能性(2)」
拓海広志「『タガロア再発見』を読む」
拓海広志「南の島の鉄拳人生:ジョン・ラハシアさん」
拓海広志「メリー・クリスマス!」
拓海広志「里山の秋」
拓海広志「路地考」
拓海広志「キラキラの国の四方海話」


*自然、文化、伝統について
拓海広志「信天翁のように・・・」
拓海広志「信天翁ノート(1)」
拓海広志「信天翁ノート(2)」
拓海広志「信天翁ノート(3)」
拓海広志「信天翁ノート(4)」
拓海広志「信天翁ノート(5)」
拓海広志「天皇と自然(1)」
拓海広志「天皇と自然(2)」
拓海広志「天皇と熊野(1)」
拓海広志「天皇と熊野(2)」
拓海広志「人間にとっての表現(1)」
拓海広志「人間にとっての表現(2)」
拓海広志「鯨の向こうに見えるもの(1)」
拓海広志「鯨の向こうに見えるもの(2)」
拓海広志「捕鯨をめぐる話(1)」
拓海広志「捕鯨をめぐる話(2)」
拓海広志「イルカ☆My Love」
拓海広志「多様性を容れる文化」
拓海広志「環境思想と里山:海上知明さん」
拓海広志「スタイルについて・・・」


*公と私、全体と個について
拓海広志「アルバトロス・オムニバス」
拓海広志「公私論(1)」
拓海広志「公私論(2)」
拓海広志「ふるきゃら応援団(1)」
拓海広志「ふるきゃら応援団(2)」
拓海広志「真鍋島にて・・・」
拓海広志「ボンダイ・ビーチ」
拓海広志「そのままの自分と向き合うこと:上川あやさん」
拓海広志「信天翁の会・原論」
拓海広志「理学は実業の諸問題を解決できるか−再び」
拓海広志「やりきれない話」
拓海広志「南の島の呪術師のはなし」


*仕事の価値、人財について
拓海広志「神戸大学にて・・・」
拓海広志「続・神戸大学にて・・・」
拓海広志「続々・神戸大学にて・・・」
拓海広志「続々々・神戸大学にて・・・」
拓海広志「続々々々・神戸大学にて・・・」
拓海広志「働くことの意味?」


*ツーリズムについて
拓海広志「島のエコツーリズム」
拓海広志「島とエコツーリズム(1)」
拓海広志「島とエコツーリズム(2)」
拓海広志「熊野学へのラブソング」
拓海広志「珍味をめぐる旅(1)」
拓海広志「珍味をめぐる旅(2)」
拓海広志「インドネシア料理のイメージ」
拓海広志「インドネシアの食のはなし」
拓海広志「里海の実現に向けて:神田優さん」


*船と航海の歴史
拓海広志「船と航海の歴史(1)」
拓海広志「船と航海の歴史(2)」
拓海広志「船と航海の歴史(3)」


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


ビジュアルでわかる船と海運のはなし

ビジュアルでわかる船と海運のはなし

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サル学の現在

サル学の現在

場の思想

場の思想

<いのち>の普遍学

<いのち>の普遍学

グローバル経済を動かす愚かな人々

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自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか (ちくま学芸文庫)

自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか (ちくま学芸文庫)

拓海広志『19歳のラプソディ』

 今から30年前の19歳の時に、僕は『19歳のラプソディ』という曲を作った。当時の僕が抱いていたのは、思想が人の身体に染み込んでいってその血肉となり、日々の思考や言行、また何気ない所作をも含めて、その人のスタイル(文体)やオーラ(雰囲気や存在感)を形成していくのだとすれば、それこそがその人の人格や生き様の自然な発露としての表現であり、自分がそれなりの年齢に達したときにどんなスタイルやオーラを身に着けていられるのだろうかとういう思いであった。


 高校時代に読んだ小林秀雄の著作での引用により、僕は本居宣長の「姿ハ似セガタク意ハ似セ易シ」という一節を知った。普通ならば「他人の表現の姿格好を真似るのは簡単だが、その真意を理解して似せるのは難しい」と言いたいところだが、宣長の言葉は深い。彼が言っているのは、「思想の意味・内容を理解して真似るのは簡単だが、それを真に体得して自分自身の血肉とし、自分のスタイルにまで仕上げるのは容易でない」ということだ。


 僕は10歳代後半に吉本隆明という思想家に惹かれ、彼の著書を全部読んだのだが、その個々の言説の内容に納得できない点があったとしても、彼の文章のスタイルやその根底にある彼の生き様については尊敬していた。だから、前述の宣長の言葉は、当時の僕の腑に落ちたのである。書かれていること、語られていることの「意味」や「内容」も大事かも知れないが、それ以上に大切なのは「文体」なのだと。


 そんな思いを抱きながら『19歳のラプソディ』という曲を作ってから、早くも30年の歳月が過ぎた。果たして今の僕は、自分のスタイルをちゃんと築けているのだろうか・・・?
 

【19歳のラプソディ】
(詞・曲/拓海広志)(1984年)


 海峡を抜ける船の霧笛
 部屋で飲む一人のウィスキー
 故郷がずいぶん遠くなったようだね
 それでも最後にきっと残る一つのスタイル
 それだけ築いて生きていけたらいいね
 19歳は行き詰まり 回り道
 辛いことも多いけれど 
 夢の後始末つけたら 次の旅に出るよ


 皆、僕のそばを走り抜けて
 僕だけきっと楽をしている
 友達がずいぶん遠くなったようだね
 それでも僕にはいつも変わらぬ一つのスタイル
 それがあるからこうして生きていける
 19歳は立ち止まり 曲がり道
 泣きたい夜もあるけれど 
 夢の後始末つけたら 次の旅に出るよ


(無断での転載・引用はご遠慮ください)


≪'The Hyper Bad Boys' - Music≫


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「The Hyper Bad Boys」の仲間たちと・・・】

拓海広志「"キラキラの国"を想う」

 この原稿は僕がインドネシアジャカルタに住んでいた1996年に書いたものです。


   *   *   *   *   *


 僕はインドネシアのことを人に紹介する際にいつもそれを"キラキラの国"と呼んでいる。「キラキラ」とは「大体」「大まかに」といった意味を持つインドネシア語だが、大方のインドネシア人が持つ大らかな性格を表すと同時に、熱帯の太陽が燦々と照り輝くこの国のイメージともぴったりくるので、僕の大好きな語だ。


 インドネシアは典型的な多民族国家である上に、太古より東西南北の人々の往来が激しかった場所なので、異文化の受容度が高く、また異民族の扱いに長けている。だから、この国を訪れる外国人の多くはインドネシアの人々のホスピタリティの高さに感激してこの国が大好きになるか、あるいは大きな勘違いをして尊大に振る舞った挙句に彼らの反発を受けてこの国が大嫌いになってしまうようだ。


 昨今インドネシアを含む東南アジアへの日本企業の進出は進む一方で、これを「第二次南進期」と呼ぶ人さえいるが、実は大方の日本人の東南アジア理解度は昭和初期の「第一次南進期」と比しても大して深化していないように思う。だから、日本人の中にはインドネシアのことを"ネシア"などと、蔑称と取られかねない略称で呼び捨てて平気な人もいるのだろう。


 インドネシア人はそんな日本のビジネスマンが相手でも、持ち前の大らかさとホスピタリティを発揮しながら付き合ってくれるだろうが、我々の方はそれに甘えずに真の意味での信頼関係を築いていきたいものである。


(無断での転載・引用はご遠慮ください)